米
イベントのキッカケは、お洋服好きな方は処分するには忍びなく・・傷んでないし・・誰か着てくれる人がいたら譲りたいなぁ、身につけるものを大切にする思いから始めました。慎重に選ぶこと大切にすること着ることを考えてほしくて・・。安価で好きなものお気に入りが手にできたら幸せかもしれません。ただ安価なものの背景を一旦想像してほしいです。どうしてそんなに安価になっているのか?何かを作るには必ず人が関わっていることを!スーパーやお店に並んでいるときには商品になっているからただの物としか見れないけれど。そのすぐ前には誰かの手で陳列され沢山の人の手から手に渡り作られたいることをちょっとだけ意識したいなって思います。先日妹の友達の農家さんが今年もお米を家に届けてくれました。毎年持ってきてくださるのですが私は初めて挨拶しました。一俵を運ぶのも慣れた様子の彼女と陽焼けした肌がとても印象的でした。毎日稲が実るまで育てお世話した様子の日焼けを見たらほんと頭が下がる思いでした。何も作ることができない軟弱な私をひしひしと感じました。だから対価にお金が存在すると忘れちゃいけいないんじゃないかなって。物価高と言ってるけどその背景には多くの方のお陰とお世話になって支えられてることを感じてみてはどうでしょうか??価格だけに囚われない選択。プレゼントだって送る相手への思いが見える形になっているだけのもの。着ているお洋服だって靴だってアクセサリーだってその本人の思考が形になって表れているだけ。正直新しい旧いなんて全く関係ないと私は思っていて本人の気持ちが大事なんじゃないかなって。