影響・・
スッポリ抜けてるって自覚する者同士であれば反発することなく足りないもの同士歩み寄れるような気がする。自分が未完のつくりモノだと、自ら作成途中の自作品のように想像すればおおらかで朗らかに居れるような気がする。未完って謙虚という解釈もできるように思う。最年長のお客様と会話すると戦後引き揚げてきた話や戦後動乱、大学闘争、モンペに下駄の田んぼのあぜ道、まるでNHKの朝ドラで見た様な生話、痛みより生きる方の必死さがまさり今では笑い入れつつコミカルに話してくださる様子がまたイイ。痛みあったことを微塵も感じさせないのが知恵なのだろう。正にこれを表わした言葉を「賢さや聡明さ、知恵とはたくさんの知識を持つことではありません。一つの出来事をさまざまな角度から見つけられることです。」凄くいい言葉だなぁ~~~と思う。若いお客さんと会話するとここでいう角度が一つプラスされるからそれもまた楽しい。なぜだろう?どうして?って疑問に感じることは多かったけど中身スッポリ抜けてるから相手の言葉に傾聴する、相手耳不有とは平行だから私はクマを発見時みたいにすぐ後ずさりする。 一つの角度でしか見れなくても解像度上がればそれはそれで深く掘り下げていて素晴らしい個性、自分にさまざまな角度をつけていくと受け止められる人が増えるのと同じ気がする。スクリーンのAI文章に頼っている場合じゃない笑 この角度って生身の人としか加えられない気もする、たまに鋭角みたいな事にも人にも出会うからいいのかもしれない。笑 この度の鋭角事件も私に角度を加算されているはず!!