AKO’S Monologue

  • ミラー

    しっかり吟味してチョイスしているワードローブでも・・なんかヘンだ?って思う時はやってくる。自分のキャラクターの変化 + そのときの気分 + 旬&ハヤリが ALL MIXして装いになってるから。。。お気に入りだったコーディネイトが突然 ンーーなんかヘン!って感じた先日。こういうことがたまに起きる。お洋服で自分のコンディションと気分を保っているわたしにはダメージだった。だからってすぐその服とサヨナラすることはない。好きで手に入れているから愛着ある服。また違うお洋服と組み合わせで花開くこともあるから可能性もあるから・・。ちょうど今 お洋服の様子が変わり始めている。お洋服というもの、ファッション、オシャレすべての価値観やアイデンティティが。。。ただ旬やハヤリを着ていたらオシャレでもなく、過去に買ったものだから古いでもなく、前に流行ったから着れないというものでも全然ない。考え方と捉え方と思う。過敏に反応することでも全然ない。ちょっと気にかけたり(配慮)、ちょっと勇気(トライ)、ちょっと客観的な捉え方をしていればちょっとづつバージョンを変化し続けているからそれがイイ。ちょっとしたことに感じられる事、気にかけられる事って服、オシャレ以外で人づきあい、コトバ遣いすべてに通ずるものがあると思う。ミラー効果という心理学のものがあって、つづく

  • ハイブリット

    最近・・接客中に登場するコトバ・・笑 どのように??っと。。ブルゾンだけれどライトな素材でブラウスのような印象で着られるものだったり。トレーナーの形だけれど素材は綺麗な印象に見える商品だったり、ジョガーというシルエットのパンツも落ち感や光沢のある素材。年齢でくくりたくないところですが・・40オーバーのアピール若さではない世代=おねぇばさん(おねえさんとオバサンの間・小学生が命名 笑 )には、カジュアル大盛りだとちょっと・・少し上品さ、キチンとした清潔感、爽やかさが欲しいところ。そうなると、このハイブリットアイテムたちを上手くに取り入れるのがBEST。私も研究して工夫しながらコーディネイトでちょっぴり控えめな差をつけたり、より良いファッションライフのお手伝いをと接客している。最近は感性の意思疎通でわかる人にはわかる、わからない人にはわからないコーディネイトになってきている気がしている。沢山の色、種類、タイプのお洋服が多くある中で楽しさと同時に、迷い込んでしまう時でもある今・・。わかりやすいトレンドや流行やナガレが無くなったから、自分に何が似合うのか、自分のシックリくるものが見つかりにくいときでもあるけれど、おねぇばさん世代は自分は自分、人は人!!自分の好きなテイストのモノと客観的な視線でバランスを取りながらおしゃれを楽しむときになってきたと思う。SNS上に見せる時代ではなく、自分自身の生活を気分よく心地よく充実させるためのお洋服に色濃くなってきた気がする。着こなしはその人の思考を表す。どう選び着ているかが薄っすら透けて見えるからかもしれない。

  • シッパイ

    とっても偏った本を読む私。フト思えば・笑 服選びと似てるかもしれない・・。気に入れば同じ型で色違いを何色も持ってしまう。本も同じで、気に入ったり興味のある作家さんのものはひと通り入手して読んでみたくなり古本で購入してる。最新刊のものもそうじゃないモノも正直、読むという事には変わりない。。ただ、情報としてテクノロジーの先端を専門化がどう考えてるのかを知りたいときは、新しいものをできるだけ早く読むようにしてる。その真逆で、古書や絶版というものにも興味があってオンラインを駆使して探してしまうこともある(笑) 先日、お茶について書かれている本を師匠からお借りしてとても勉強になった。その本文で推薦されている本を読みたいと検索。明治生まれの人の著書。タイトルをにわか覚えで探しに探して「アッター--!!!」それも初版でレア奮発してポチっっと、数日後届いてワクワクしながら本を開くと「ン???」あれ?こんな本だったかぁ・・・・(-_-;)」って思うと。全く違うものを購入していた。正直、全く全く全く興味沸かないし、日本語なのにもう難しいコトバ遣い&字も小さすぎて読めない本だった。ガーーーーーーーン 奮発したのにショック大大!ショッピングで久しぶりの大失敗。返品のできないから、さてどうするものか?笑 未熟な私が背伸びし過ぎの早過ぎの本を買おうしたのが間違えだった、と反省。好奇心もいいけれど手痛い失敗だった。

  • モード

    読んだ本を読み返したりして、また新発見をしたりして。。。ココシャネル1938年のフランス版ヴォーグの金言に「前略 モードは芸術作品のように眺めるもので半句、実用品でもあり、時代の空気を反映するものだから・・」新しいものが生まれれば、次の新しいものは、前のものを消滅させていくのが宿命のモードの世界。  毎年何か着るものがないというのは時代の空気を敏感に感じ取っている証拠なのかもしれない。。けれど、自分のスタイルやお気に入りアイテムや着こなしは不変でいいのでないかな?っと思う。近頃、お客様がずいぶん前のお洋服を大事に着てお立ち寄りされると、つい素敵!!イイカンジ!!お似合いだとつい口に出てしまう。。ずいぶん前のもの・古いものがダメという事は全くない、わたしも捨てられない服やまたまた引っ張り出して着てしまう服もいっぱいある。その逆でしばらく休眠状態のものもある。着すぎてサヨナラする服もあるけれど・・断捨離で1年着ない服は捨てるという基準は私には当てはまらない!!今のモードと気分で服を着る。着こなしが違うと別物になる。お気入りは殿堂入りアイテムだもの捨てられません。笑 世界的にSDG’sがブームになってるけれど、消費の仕方に問題もあり供給側の企業にも問題がある。大事にしない消費者、必要以上に大量に作る企業、モノが溢れているけどなにか満たされていない日本人を感じてる今日この頃。

  • BLUUUUE

    仮想・・マリッジブルーみたいなものを感じた。(笑) 誕生日がちかづくにつれてドンドン ドンドン ブルーになっていくのだった。こんな年齢になるって想像していなかったからだろう。そして、40代や50代の楽しさを教えてくださるお姐さんのお客様方のアドバイスよりもはるかに、体力とカラダの消耗ぐらいを感じとっているからかもしれない。。多分、マリッジブルーもこんなものなのだろう・・。想像と事実と未来の狭間にいるからなのだろう。。そういえば、最近マリッジブルーって言葉を聞かなくなった。。結婚式を挙げないせいか、そもそもの 結婚する という事が様変わりしているからかもしれない。昭和畑育ちの私の想像は片道切符のようなものだろうな・・ってぐらいで、結婚する事を考えたことがない私には永遠わからないままだろう・・・。こんな私がいるのも、小さい頃から20そこそこで結婚した母の 結婚だけが幸せじゃない・・って言葉の洗脳があるだろう。。今思えば感謝している。そんな言葉を聞いて育ってるから今の私になっているのだと思う。たくさんの人のイイも悪いも汚いも綺麗もいろんな言葉で今の現在の私が形成されているのだと感じてる。超頑固だけど影響されやすいところもあるけど、人の言葉を受入れ消化して足したり引いたりしながらこれからもいるのだと思う。

  • 土筆

    この懐かしい漢字とおなじです・・。桜とセットになっていた つくし もいつの間にか見ない存在になってしまった。コロナになってどこにも行けなくて近所で季節の変化を楽しむだけになっていたときから、散歩したり散策したりしてさがしてみたけど、探す時期がズレていたせいか全く見なかった。今年ようやく、超ひさしぶりに ナマ土筆を見ることができた!!もう花粉が散って上の方は開いてカサカサになっていたからもっと早くに芽をだしていたのだろうと思った。。子供の頃はらっぱに遊びにいってはあちこちに土筆が群生していたのに今回見たのは、ポツンと一軒家のように一本だけチョコンと生えていた。周りにつくしが生えていた様子もなく狩られていた様子もなくてたった一本だけだった。。最初フワっとうれしい気持ちになったけど、段々とけなげだなー-、さみしそうというか、なんとなくそういう気持ちになっていった。。。年々、社会環境も様変わりしてその変化にそろそろついていけなくなってきたりしている自分と重なったのかもしれない。ひっそりとこの世から消えてしまったり消えそうなものがある。。土筆をみて重なってしまった気持ち・・桜みて感じるヤマトゴコロはいつまで日本人にあるだろう?これから何年つづくのだろう? 笑 季節の今を一瞬を堪能しよう。。

  • 気をつけてるのは 口は災いの元 という言葉。接客業とういのもあるし、人間関係においても言葉遣いに丁寧でいたいから。。ときに思いや考えをことばにすることもその真逆で大切だと感じたことがあった。先日一緒にいた友人が 行ってみたいけどちょっと遠いよね?ずっと行ってみたかったとヒトコトぽつり言う。そんなに遠くないから早速行くことにして友人も嬉しそうだった。思いや考えを口にして表現伝えてみると、みるみるカタチになることがある。わたしもお店のオープン準備の際にこういう経験を多くした。ムリがカタチになっていくことを。ちょっと躊躇や難しそうに感じることも、思いを口にしたら誰かが受け止めてくれてする変動していくこと。きっと、日ごろからのひとつひとつの行動や振る舞いなのだと思う。私も親しみもってお店に通ってくださる方には、できるだけお洋服屋さんとして要望やリクエストにちかいものを期待に応えたい気持ちがあるように。人と人とが関わる社会ってそういうものだと思う。相手とわたしお互い様。。。きっと生活のなかにある、日常のひとつひとつの些細な行動だと思う。歩いていて傘を傾けよけ合ったり、さきを譲れるちょっとした余裕のある振る舞いができる人でありたい。。話変わって、ビッグシルエットがつづく服のシルエット。服・サイズ・シルエット選びも上品なサイズ感があるように!しっかり大人だからの丁度いい余裕あるサイズ感選びが品に繋がると思う。

  • 意味

    ドキッとした文を発見。。「優しさを間違えると害になる」 とてもシンプルな表現になっているけど深い。。優しさの反対って?思い浮かぶのは 厳しさ のような気がして???って調べたら、 「優しい」の対義語 「冷たい」だった。「厳しい」も対義語であるようだったけど、昭和のわたしには 厳しい ツライに全て直結しているものばかりじゃないと年をとって思うことも、今では有難くよかったなー-って思えることそこそこある。笑 厳しさも色色。わたしが小さい頃と比べられない次元の現社会。子ども・学生から大人・社会人になるに平行して段々と変わった生活環境。言葉の意味も平行してじょじょに変化しているような気がしてる。。優しさってダイレクトなものではない気がしてフレーバー 薄っすらと香るようなもの。。今って 優しさ=あまさ&ゆるさ ってものだけになっているんじゃ?って思う。言葉もハヤリ廃りなくなっていくと教養や知識のある人たちが言っていたのを聞いたことある。厳しさの中から身についたものがあったりで全部が悪でもない。無かった、憧れ、不便だからいろいろ考えれたときを過ごせたのはしあわせだったのかもしれない。。友達の家にドキドキしながら電話をかけていたぐらいがちょうどいい。。笑

  • naki・・

    獣道を下っていると誰かが付けてくれた目印で道にそれてないのを確認しながらくだる ホント有難い。。知らないひとの親切にふれる。山の中腹辺りにうっそうと茂る木の中に人の気配を感じた・・それは突然現われたコンクリートの柱。獣道のすぐ脇に高く立っていた。背の高いコンクリートの柱は黒のケーブルがあって。。。古代遺跡のようにどうやって?このケーブルを立てたのだろう?って手段が思い浮かばない。人がどんな形で運び、どのくらいの時間がかかったのだろう・・どうやって作業したのだろう。所さんのTV番組で真相をおってほしいと思った 笑。。コンクリートの柱の黒い線には何が通っているのかわからないけれど、電気の有難さを感じた。そして、どこかからか湧き出ている小川と並走したり離れたりしながらある獣道、下にいけばいくほど川の流れる音が段々と大きくなり麓を感じる。麓より少し上辺りで人手の加わったもの二つ目の古い砂防ダム。コンクリートで両側を固められた川になった。お水が飲めるのも川があるから、有難い。人間なんて自然に比べたらちっこく自然の中に住まわしてもらっている生き物。寒い寒い冬眠から目覚めた蝶がとんでいて、生身のカラダで冬越えもできないほど弱い弱い生き物だと感じるべきだとおもう。だから人間同士助け助け合い生きるしかない。

  • (;ω;)naki

    近所の山をたまに登っていたけど今回はひっさしぶりに泣きが入った。スマホMAPだと薄っすら線だったりくねくねだったり観るは易しがあまかった。あますぎた!!道のりがわからないからできたこと。。ゆるくダラダラ上りくねくね舗装道を歩く、見通しがいい所にでるとガー---ンまだまだつづいて・途中一枚目の看板でのこり〇キロ・・を見て、2枚目は半分ぐらいきたかな?って期待でいたらほとんど進んでないじゃんレベルの表示・・ありがた迷惑・・と思った。やっと分かれ道で目指す方への立て板、脇の獣道へ入るとすぐヨジ登る道がしばらくつづき息切れ・・やっと山と山を縦走する道に入り(上っては下り)引き返そうかと頭をよぎったけどもう引き返せない所まで来てたし戻りたくない気持ちにもなっていた。。(上っては下り)×7,8回ぐらい同じパターン繰り返すとつらくなってきたし、またまたダラダラくねくねの舗装道に合流してつづく、頂上付近にいるのに全く近づいた気配もなければあとどれくらいあるのかもわからないからイヤになってくる。いつも山登りして・人生と同じだなぁって毎回毎回思ってしまう 笑 ほんといろんな気持ちになりながら歩く。(なんでこんなことしてるんだろう??自問自答)頂上からの眺めは素晴らしいけど15分もいれば見慣れてしまい満悦はほんのひととき、そんなもの。。笑 山登りビフォーアフターで車はラクですごく便利なもの。車ない時代の人の移動距離と脚力、獣道を迷わないように目印をつけてくれている人への感謝、人間ってちっぽけな生き物だとつくづく思った。舗装道をすれ違う車に乗せてもらいたくなったのは久しぶり・・・笑 人間ってちっぽけで誰かに助けられて生きてる。。つづく 

  • ベース

    いろんな考え方があると思うけど、私の思う着こなしとして・・・。35歳をすぎてから40、50、60・70代と年齢よりは着ている方のキャラクターを構成しているものが大事だと思う。。若作り(不自然なもの)は可笑しなことがおきてしまう。その方のキャラクターを構成する具体的に、体型や髪型(髪の色、長さ、カール有無)メイク、好きな着心地、服の選び方(好みのシルエット)、持っている服、好きな雰囲気(カジュアル、綺麗め、ラフ、リラックス、ニュアンスは十人十色) ただ流行はグルグルと回っていて、22SS旬なものは正直懐かしさを感じるデザインやシルエットが多く着こなしに気持ちや気分がついていかなくなっている。いくら服がすきやおしゃれが好きといっても、取り入れるのは二の足を踏む・・事実。もうすぐ四捨五入したら50それでいいんじゃないかなぁって思う。ムリに流行を追いかけ過ぎるとイタイタしい。だからといって、完全に意識しないほど鈍感でも我が道をいけるタイプでもない。笑 取り入れる加減!!だから、40→はベースあっての事。ベースは、自分の好み(シルエット、アイテム、色などなど)や持っている服があってのこと!ムリする必要は全然ない。本人の気分や気持ちが上ればいいのだから。もう競うこともないだれかに見せつける必要もない、自分の価値観がスタイルに反映されはじめてる。。

  • 曲線

    お店にある大きな鏡で自分の姿をほとんど見る機会がない。。そろそろ春物が着たいしなー--ちょっと気分も変えてイメチェンもしたくなってきたなー--っと思いつつ春服ぶっしょくと春の着こなしをイメージする。。もちろん自分用に展示会で入れているものもあるし、こんな気分でいこうってなんとなくはあって、おおよその目星はついている。服のイメージはあってもそれに合う顔がイメージちがい 笑! マスクをとって久々に全身鏡に映ったわたしとご対面すると同時にクラッシュ!してしまった。日ごろ、鏡を見てるようで見ていなかったわたし。ほの暗いのセピア色の照明姿だけで安心しきっていたり、老眼で遠目でしか見ていなかったわたし。春の陽ざしは全然優しくなかった。ポカポカ陽気で気持ちいいものでもメンタルダメージは春雷が落ちたようだった。キキキキキキケーン しわとシミ。ジタバタしてしまう。マスク生活も3年目で確実に3年分の肌状況も変わっているのに。どうしよう。どうしようもできないけれど・・。。ガクン・ガクン・ガクンと大幅な段差をくだっていかないように、緩やかなカーブを描くように。女性はなんでも曲線がいい。まっすぐよりも少し丸みがあったり柔らかなものが・・しわの線やしみの丸みは全然いらないんだけどな・・。笑

  • 異色

    得意分野や興味のポイントがすこしちがうと、あたらしいことを知る機会がいっぱいある。。知らないことを教わるきっかけは人からのリレー。それから深くドはまりするかどうかはわからないけれど、まったく知らないことを聞くだけで関心して教わることいろいろ。。例えば、料理の得意な人からコツも 笑 同じ野菜や調味料を見ていたも見方が違うからオモシロイ。陶器好きの友達といっしょに窯を見にいくだけでも、見る部分がちがうからあたらしい発見ができてちょっとアップデートできる。わたしは体験型タイプだから、実体験して感じることができて初めてなにか始まることができるからSTARTには時間がかかる。。笑 自らの好奇心でドンドンなにかにドンドン深掘りできるタイプではない。だから、ちょっと残念なタイプ。ただドンドン何か自分の興味のある方へ方へいけるという事は素敵。年齢関係なく好奇心や何か興味をもつ、刺激があるって大事だな。拒むより一旦受け入れてそれからどうするかはその人次第・・・人間社会なーんでもいえること。お店でお客さんにその方の新しい出会いのキッカケをご紹介したいな、例えちょっと抵抗や拒まれたとしてもお洋服やファッション、スタイルのキッカケになればいい。。異色と交わってみるってとても大事。

  • リスト

    卒業シーズンがはじまり、ひとつの区切りという季節がやってくる。卒業式のお洋服の相談をうけるから私の生活にはとおくない 縁のある近い行事かもしれない。そのせいなのか2年目コロナのせいか・・私自身の区切りというのかな・・いろんなことをおもう。人生が、サッカーの試合みたいに前半後半があるのならハーフタイムがちょうどいまコロナ禍であって、後半に向けてどうするかいろいろ練ってSTARTをしたいなぁって思っているところ。生活は毎日の積み重ねで1日があっという間に過ぎちゃってることもあるけれど、大まかな流れ ストーリーは自分でもっていたいな・・めざすところとか目標とかじゃなくて チョットした目印みたいなもの 道路の反射板みたいなもの。。真っ暗になって迷ったときに光で照らせば見える表示のような。。ちっこくて些細なもの。。今 ちょっとづつワードを書き出してみてる。行ってみたいところリスト。。いつかはくる ちょっとワクワクしはじめてる。。 

  • TENTEKI

    ジタバタしたり・・動揺したり・・グラついたり・・自分自身が曇ってしまうとき。。陰ってしまったときわたしはアレコレとグルグル考えてしまう・・けれど、ある程度時間が経てば、考えるのをストップするために寝る。(笑) いつも救われるのは友人の言葉だったりする。深刻になってドツボにハマっていてちっこくちっこく目前のことだけしか見えない私に・・・大きな視野からそのことを笑いに変えてくれる友人。タイミングがくればフワリ浮上できるときがくる・・・ドローンのように高く高く広く広く視野を見ようと思える時がくる。。。そのタイミングは人それぞれやってくる時間の長さは違うはず。。その長さが長ければ長いほど蛇口は固くなり、ドロドロになっているものが沈殿して排水口が見えなくなってしまうのかもしれない。。排水口を開けてくれるのは誰かのシンプルな言葉だったりする気がする。同情や一時的に痛みが柔らぐ塗り薬的な言葉を使う人は大勢いるけれど、良薬苦しと思える人もいる。自己中な無神経にえぐるような傷口に塩のようなタイプの人もいる・・。見極めは、相手目線か自分目線か。だけど、相手を思ったフリの偽善者も多いから要注意。。猛獣はいないから生命的な危機はないんだけど、身近に天敵はいる。笑

  • 堆積

    今 早く無性に読みたい本2冊ある。文から伝わる空気が心地よくてリズムとテンポもやさしい・難しい言葉を使ってないのにシンプルなのに伝わってくるものは美しく明快 すごいなぁああって・・。実際、どんな雰囲気の人なのだろう?どんな話し方をしてどんな服を着てる人なのだろう? どんな?×10 って会ってみたいなと思ってしまった。。本の中で、【肌で感じた記憶があとに残っていきます。その場に行かないと感じられない気持ちがあります。(略) 想像だけでは無理で、(略) 文化、歴史、その場所が背負っているものは目に見えません。写真にもデーターにも映らないけれど、その場に行くと感じるものがある。目に見えない記憶がぼくたちのなかに堆積しています。】まだ10ページも進んでないけど、とても印象に残ったのでご紹介。場所だけに限られたものじゃない気がする。。人にもいえると思う。祖父が他界したときがまさにこれだった・・火葬され骨だけを見て、人間ってカラっぽなんだと・・。目に見えない記憶だけが残っている。目に見えない雰囲気、言葉、優しさが。目に見えるものより、目に見ないものが残る。 生きるって 目に見えない記憶の堆積なのかもしれない。 

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