AKO’S Monologue

  • RUI

    なんでも・・気づくか気づかないか・・ 感じるか感じないかなのじゃないだろうか?ちょっとしたヒトコト御礼や感想があるだけでうれしい。その感想でその方を感じることができるし好みもわかってくる。だから、ショッピングでリクエストや好みを伝えることは大事だと思う。最近は、円滑なコミュニケーションよりも耳にするのは潤滑油じゃない廃油のようなコミュニケーションばかり、なんだかなぁ・・・って思ってしまう。主張するなら聞く耳と聞く姿勢を持つ必要があると思う。私もだけどついつい接客中コトバ多いことあるからなー-笑、しっかりと聞くように心がけたいところ。考えをしっかり持ち全面に出すという事はそれだけ何か思いがあればいいけど、ただ口調つよく感情コントロール利かないまま、まるでメンテナンス不備な暴走するクルマみたいになってる人が多い気がする。そういう暴走シャには近づかない巻き込まれない避けるのみにかぎる。じゃあ避け方は?というとちっさなちっさな些細なことに気づくこと&感じることしかない。全て細部に宿る!と思ってる。その細部は日ごろの注意力でしかない。自分の違和感が感じられることには自分の勘に頼って離れていい。だから類は類を呼ぶっていう関係になるんだと思う。。沢山の人に出会ってきてオシャレだってイイ女だって心優しい人だってすべて極細部の差だと思ってる。その差がボタンのかけ違いのような差をドンドン生んでるんだと思う。

  • ケア

    はじめて人間ドックに行ってみた・・。大きな声では言えないけれど「初めて」。。月日が経つのが早いのと同じで体はいつからか下降速度をあげはじめている。マスク生活ももう2年経ってやっぱりこの蒸し暑い時期のマスクは不快になってきた。慣れてきたけれどイヤに思うことも時期によってはある。このカラダも湿度が高かったり、暑さが増すとぐったりしてくる。周りの環境に影響をうける生き物の人間。人間関係だけでもサマザマ起きてる中で自然の厳しさもこれから夏に向けて厳しくなってくるのでメンタル&体のコンディションを整えておこう!オシャレを楽しむことや美学は、生活の中で余白のようなものだから基本的な生活ができての +α のこと。ありとあらゆるものが健康でなければ成り立たない。同世代で口にするのは変化への戸惑い。。笑 だから、ムキに抵抗せず受け入れつつも寄りそいつつもなだらかに身を任せつつでいたい。いい意味で40代半ばになってジタバタしたり焦るよりも自分のペース配分を自分でコントロールできるのがいい。ムリせずに・・すべてに関して。だから、今の自分のカラダ状態を知るという意味で人間ドック 笑。。病気発見の為じゃない今の自分を知るという事。オシャレだって服を着るってことだって自分を知っていなきゃ楽しめない。自分がイイカンジ!着心地いい!って思えるものだったら楽しめるのも倍。今の自分の気分を楽しむひとつに服がある気がする。。

  • クラウドファンディング

    山口県のクラウドファンディング第2期目が始まります。

    6/ 20 9:00~START です。

    ご協力おねがい致します。

  • 温故知新・・

    記事の中で「建築はもっと人生や街を支えたり、社会を作ったりしていく存在。自分の知識や技術を使いその場所のための建築をする[記事の中で Tsuyoshi Tane]」装いや身繕いはもっと人生や街、社会をつくったりしていく存在・・ともいえるんじゃないかなって思う。都会だからオシャレな人が多いんじゃなくてお洋服に気を遣っている人もそうじゃない人も同じぐらい大勢いるだけでたまたま目を引く方がそうなだけかも・・・。都会という括りより美意識もあったりセンスのある方、オシャレが好き、お洋服に気を遣う方を綺麗でいたい方を日々接客している。お洋服って誰かの為、どこかに出かけるためのものじゃなくて自分のために着るもので、自分が社会との付き合い方でエチケットの一部みたいなところもあると思ってる。田舎だから・・都会だから・・年だからよりも、自分らしくがとてもいい。「新しくなっていくことには未来を感じていません。新しさが未来を保証しないことを感じとっている」服だってそうだ・・新しいより今の自分にフィットするアイテム、ちょっぴり新鮮になれるものならいい。大人になって斬新はいらない=頑張りすぎになる、それより自分の毎日に寄り添うアイテムをプラスしていけばいい。古いからダメじゃない・・ただ今の気分じゃないだけのこともあるし、お家のクローゼットのお宝探しだってありありで今の自分に再び出合うこともあるはず。自分の価値観を大事にしよう。。

  • 温故知新

    本の貸借や情報交換を楽しませていただく方のマイブームという建築家の記事を拝読。建築に対してどっしりとしたオリジナルの考えが素晴らしかった。いつのまにか中堅になってノホ―――ンとしてる私に刺激になった。(タテ・枠・組・部・類訳した私が残念過ぎた・・笑)新人も中堅も大御所もお局も縦じゃない実力主義の海外で努力されてこられたから自分の考えが確立されたのだろうなぁー-と。私もお店を持つときのコンセプトはあって年齢体型に関係なくお洋服を着るが楽しくなるお店・着る方本人のキャラクタ―や考え重視のスタイリングのお手伝い。お洋服は福を呼び込むもの・・ってことも考えてる。自分のテンションや気分を上げたり、勇気や元気、心地良い作用が出るものがいいから決して無理するものじゃない。記事中「建物の寿命が人生より短くなっていって人生を超え支えていくはずの存在が人間が消費し壊すという事を繰り返していると・・」お洋服もそっくり似てるなぁって思った。モノの寿命はドンドン短くなるのをあちこち耳にする。大事にする=着ないではなく、できるだけ買って着なかった・をなくしたい、第二の肌のようになってもらいたい。寿命あるものだからバンバン着てほしい・・一生モノは少ないから。新旧組合わせすれば古臭いはなくて、スタイリングでカバーできると私は思ってる。。

  • コレクター

    なんでもそうかもしれない・・・自分をだんだん知っていくことって大事かもしれない。社会や環境、周りと比べるが普通になり、自分とミエナイ他人と差が前提になってきてる。受験もその一つ。他人と比べてどうのこうの言うのは自分を知ることじゃないような気がする。なぜか興味わいたりなぜか好きだったり・・理由はあるようでなく何故か惹かれる・・DNAなのか環境なのか 笑 感覚で好き!イイ!って思うこと大事。流行よりもお客様=本人の好きで似合うものが良くて、出番のあるもの着心地がいいものお客様本人の基準のイイと合致するものがイイと接客する。たまたま いいなってものが旬だったり新色だったりしてもそれもまた感性でいい。店頭にないデザインのものでも好きは好きがいい。ベースはとにかく自分!!ムリに着飾るものでもムリやり頑張るものでもない。いい年した大人だからこそムリはやめよう自分ベースのペース。ちょっとのあそび心・洒落っ気で鮮度を求めるときや使い込んだからリニューアルする安定のアイテム(マイベーシック)十人十色のお買物。買っても全く着ないはムダというもの。断捨離からミニマリストって表現変化してる近頃、片づける=捨てる じゃないという記事があった。笑った。お片付けのプロが切実に訴えていた。ミニマリストがあればコレクターって言葉もある。沢山持ってることが悪ではなくてこだわりがあればあるほど微差でドンドン惚れたもの好きなものが増えてくいく。。それも十分素敵な生き方。

  • KIBUN

    もうすぐ梅雨だろうっと思う余計に今日の晴れが有難く格別に気持ちイイ・・。知人の相棒(ペット)は今朝は散歩の気分のらず途中立ち止まり早々Uターンしたみたい。生きていれば気分のアップダウンはあるのが普通。だからってあからさまに出すのはどうかなと!大人は自分の機嫌は自らでとるものとある。自ら気分を変えるってなかなかしにくい。私も一瞬行くor 行くのをやめるか・・どうしよう?筋トレと思った。おそらく今日行かなかったらダラダラチョクチョク休みようになるなって頭をよぎったから行くことにした。気乗りイマイチand気分低め、行くという事でよしよし。いつものメンバーと顔を合わせ周りに助けられ、せっかくならしっかり筋トレしよー-っと!暑くなってエアコンかかる中でも汗ばむこれまたよしよし。軽いメニューにして全て終えてよしよし。いろいろ制限のある生活で、自らの気分を変えるって日常ではなかなか見つからない。大人でプライベートはイヤなこと、ムリもしなくていいことが大半だからあえて行動することはないかもしれない。気乗りしないことでも意外と楽しくなることもあったりするかもしれない。一つ言えるのはラクの中に楽しさは無いと思う。ラクの中にあるのは止まるということだけに思う。大変って大きく変わるからってよく言ったもの!!何か感じられるから何か微妙に変わりはじめるのだと思う。

  • ご用心

    こんなに悔しい気持ちなったのは久しぶり。何がおきたって??ネット販売トラブル⇔詐欺にあった。どこか・・・なんとなーく怪しさを感じながらも(大丈夫だろう・・・)という気のゆるみがあった。他のところより安価だからって痛い失敗をした。何度か(ん?)違和感あってフィルターに引っかかりつつも・・とても悔しい。なによりも他より安価という理由でチョイスしてしまったところが最大悪かった。販売している身だからこそ腹立たしさも沸沸倍増する。明らかに最初から詐欺目的だから余計に腹が立つ。益々、日々お金を支払って購入して頂くことをより感謝する、買っていただくということをしっかり考える。服を買って頂くからこそキチンとした販売接客をしようともう一度改めて思う。モノの良し悪しをしっかりと見極めることもセンス、その価値観に見合う行動もセンスだとも思う。センスは感じること、考ええることで磨かれる とあった。今回のセンスのない行動は大失態で苦笑いしかない。できる範囲のことは全てした(警察、銀行など)お金は戻ってこなくて仕方ない、ただ同じサイトで被害者が増えないことを心から願いたい。昨今とてもトラブルが増えているそうだ。ネットが身近で簡単な分、ホント肝に銘じたい。 

  • kyo-sei

    この5月でマル5年を迎えた矯正治療。。5年という数字にすると長く感じるけど、いつの間にかこの矯正ブラケットなどの器具たちともそんなに違和感もなく馴染んできている。途中は、もう心おれそうになった時もあったし痛い思いもあった。。最初に矯正治療期間を6.7年は最低かかると言われていたから良かったのかもしれない。昨日、やっと先生から初めて終わりが近づいているコトバをかけてもらった。。完全に終わりということはまだ先なのだけれど、なんとなくこうして振り返れる余裕が出てきた気がする。。なんでも途中ってツライ・・・いつまで続くかわからないし、どこに向かっているのかも定かじゃないから・・・。終わりが見えていたら、途中のキモチが変わってくる。終わりがみえていないから苦しいこともツライことも多い。。だから、上手く自分をふるいたたせたり、休ませたり自分自身のご機嫌とりを自らするしかない。この生活も少しずつ変化し始めている、完全な終わりはないだろうけれど、やりたいことリストに海外に行くということを具体的な場所を書き始めれるようになった。。いつ行けるかわからないけれど希望をもって。。そのためにも自分のご機嫌とりもだけど健康や免疫力アップの活動もしなきゃと思ってる。

  • リアル⇔バーチャル

    連休前にお取り寄せした本を連休に読み終えたいとなんとなく決めて・・読み終えた。オモシロイ調査結果やデーターがあって関心や気づきになった。。。超・原始的な私にとってこれから未来を予想したくても未知すぎてわからないけれど、世界の誰かの想像して作られていっている今の世界であることは事実。リアルとバーチャルのバランスが変わってきているのをとても感じた。加工修正したオンラインアイコンの自分の顔に整形してほしいと言われたという医師の話。以前は、リアル生活の延長上にメディアやオンラインが存在していたのに、オンラインから現実生活が左右影響受けていたり、どっちかの生活を重視しているような現象が起きていたりとあったりもした。LINE上ではおしゃべりで積極的でいざ現実で会うとほとんど会話しない男性だったとどっちがホントで偽物もないだろう・・。オンライン、バーチャルは自分を修正加工、作り、演じることが数秒で簡単にできるからいいのだろう。生身の自分を修正加工するのはとてもカンタンなことではない。。失敗したり経験してイタイ、嬉しい、楽しい、汗かいたり、疲れたりして自分を創っていくこと=生活するという事なのじゃないかなって思ってしまう私。最近、よ――――く耳にするSDG’sも結局は、人間の『ラクしたい』っていうこと、便利という言い方が都合よく解釈された、欲の塊がツケとなって出てきてるだけと思う。まずは、感謝&モノを大事にする超身近から起きるんじゃないかな。。

  • ミラー・・

    ミラー:鏡 で同じような人には共感を抱きやすいというのがある。。デートで相手が飲み物を飲んだら同じように飲み物を飲んで同じ仕草をすると親近感を抱くというもの。 わたしはファッションにも同じようなことが言えるんじゃないかな?って思ってる。若い頃は流行ばかり追っていた、今思えば仕方ない。自分にシックリくるスタイル自分が心地いいって思える基準がなかったから。今は流行の渦の中でグルグル巻き込まれることはなくなった。その人らしさの装いが感じられたら、どんなタイプの着こなしもステキだなー-って思える。ただ、ステキだな・・って思えるってミラーなんだと思う。ファッションはその人がアイデンティティがふんわり醸しだされるんじゃないかなって思っている。着ているモノだけじゃなくて、見た目だけじゃなくて振舞や言葉遣いも含めて着こなしと雰囲気になっているんじゃないだろうかな・・醸し出されてる雰囲気の近さがあるんだと思う。視座のちがいって見雰囲気けじゃないけれど醸しだされていると思う。視座のちがいはあると思っていればいい。思いや考えをすぐ発したりデリカシ―ない、相手を思いやれない尊重できない方とは間をとろう。。人間って、間(ま)を取り合える者同士の社会だもの。まをうまくとりあえることが社会性なのかもしれない。

  • ミラー

    しっかり吟味してチョイスしているワードローブでも・・なんかヘンだ?って思う時はやってくる。自分のキャラクターの変化 + そのときの気分 + 旬&ハヤリが ALL MIXして装いになってるから。。。お気に入りだったコーディネイトが突然 ンーーなんかヘン!って感じた先日。こういうことがたまに起きる。お洋服で自分のコンディションと気分を保っているわたしにはダメージだった。だからってすぐその服とサヨナラすることはない。好きで手に入れているから愛着ある服。また違うお洋服と組み合わせで花開くこともあるから可能性もあるから・・。ちょうど今 お洋服の様子が変わり始めている。お洋服というもの、ファッション、オシャレすべての価値観やアイデンティティが。。。ただ旬やハヤリを着ていたらオシャレでもなく、過去に買ったものだから古いでもなく、前に流行ったから着れないというものでも全然ない。考え方と捉え方と思う。過敏に反応することでも全然ない。ちょっと気にかけたり(配慮)、ちょっと勇気(トライ)、ちょっと客観的な捉え方をしていればちょっとづつバージョンを変化し続けているからそれがイイ。ちょっとしたことに感じられる事、気にかけられる事って服、オシャレ以外で人づきあい、コトバ遣いすべてに通ずるものがあると思う。ミラー効果という心理学のものがあって、つづく

  • ハイブリット

    最近・・接客中に登場するコトバ・・笑 どのように??っと。。ブルゾンだけれどライトな素材でブラウスのような印象で着られるものだったり。トレーナーの形だけれど素材は綺麗な印象に見える商品だったり、ジョガーというシルエットのパンツも落ち感や光沢のある素材。年齢でくくりたくないところですが・・40オーバーのアピール若さではない世代=おねぇばさん(おねえさんとオバサンの間・小学生が命名 笑 )には、カジュアル大盛りだとちょっと・・少し上品さ、キチンとした清潔感、爽やかさが欲しいところ。そうなると、このハイブリットアイテムたちを上手くに取り入れるのがBEST。私も研究して工夫しながらコーディネイトでちょっぴり控えめな差をつけたり、より良いファッションライフのお手伝いをと接客している。最近は感性の意思疎通でわかる人にはわかる、わからない人にはわからないコーディネイトになってきている気がしている。沢山の色、種類、タイプのお洋服が多くある中で楽しさと同時に、迷い込んでしまう時でもある今・・。わかりやすいトレンドや流行やナガレが無くなったから、自分に何が似合うのか、自分のシックリくるものが見つかりにくいときでもあるけれど、おねぇばさん世代は自分は自分、人は人!!自分の好きなテイストのモノと客観的な視線でバランスを取りながらおしゃれを楽しむときになってきたと思う。SNS上に見せる時代ではなく、自分自身の生活を気分よく心地よく充実させるためのお洋服に色濃くなってきた気がする。着こなしはその人の思考を表す。どう選び着ているかが薄っすら透けて見えるからかもしれない。

  • シッパイ

    とっても偏った本を読む私。フト思えば・笑 服選びと似てるかもしれない・・。気に入れば同じ型で色違いを何色も持ってしまう。本も同じで、気に入ったり興味のある作家さんのものはひと通り入手して読んでみたくなり古本で購入してる。最新刊のものもそうじゃないモノも正直、読むという事には変わりない。。ただ、情報としてテクノロジーの先端を専門化がどう考えてるのかを知りたいときは、新しいものをできるだけ早く読むようにしてる。その真逆で、古書や絶版というものにも興味があってオンラインを駆使して探してしまうこともある(笑) 先日、お茶について書かれている本を師匠からお借りしてとても勉強になった。その本文で推薦されている本を読みたいと検索。明治生まれの人の著書。タイトルをにわか覚えで探しに探して「アッター--!!!」それも初版でレア奮発してポチっっと、数日後届いてワクワクしながら本を開くと「ン???」あれ?こんな本だったかぁ・・・・(-_-;)」って思うと。全く違うものを購入していた。正直、全く全く全く興味沸かないし、日本語なのにもう難しいコトバ遣い&字も小さすぎて読めない本だった。ガーーーーーーーン 奮発したのにショック大大!ショッピングで久しぶりの大失敗。返品のできないから、さてどうするものか?笑 未熟な私が背伸びし過ぎの早過ぎの本を買おうしたのが間違えだった、と反省。好奇心もいいけれど手痛い失敗だった。

  • モード

    読んだ本を読み返したりして、また新発見をしたりして。。。ココシャネル1938年のフランス版ヴォーグの金言に「前略 モードは芸術作品のように眺めるもので半句、実用品でもあり、時代の空気を反映するものだから・・」新しいものが生まれれば、次の新しいものは、前のものを消滅させていくのが宿命のモードの世界。  毎年何か着るものがないというのは時代の空気を敏感に感じ取っている証拠なのかもしれない。。けれど、自分のスタイルやお気に入りアイテムや着こなしは不変でいいのでないかな?っと思う。近頃、お客様がずいぶん前のお洋服を大事に着てお立ち寄りされると、つい素敵!!イイカンジ!!お似合いだとつい口に出てしまう。。ずいぶん前のもの・古いものがダメという事は全くない、わたしも捨てられない服やまたまた引っ張り出して着てしまう服もいっぱいある。その逆でしばらく休眠状態のものもある。着すぎてサヨナラする服もあるけれど・・断捨離で1年着ない服は捨てるという基準は私には当てはまらない!!今のモードと気分で服を着る。着こなしが違うと別物になる。お気入りは殿堂入りアイテムだもの捨てられません。笑 世界的にSDG’sがブームになってるけれど、消費の仕方に問題もあり供給側の企業にも問題がある。大事にしない消費者、必要以上に大量に作る企業、モノが溢れているけどなにか満たされていない日本人を感じてる今日この頃。

  • BLUUUUE

    仮想・・マリッジブルーみたいなものを感じた。(笑) 誕生日がちかづくにつれてドンドン ドンドン ブルーになっていくのだった。こんな年齢になるって想像していなかったからだろう。そして、40代や50代の楽しさを教えてくださるお姐さんのお客様方のアドバイスよりもはるかに、体力とカラダの消耗ぐらいを感じとっているからかもしれない。。多分、マリッジブルーもこんなものなのだろう・・。想像と事実と未来の狭間にいるからなのだろう。。そういえば、最近マリッジブルーって言葉を聞かなくなった。。結婚式を挙げないせいか、そもそもの 結婚する という事が様変わりしているからかもしれない。昭和畑育ちの私の想像は片道切符のようなものだろうな・・ってぐらいで、結婚する事を考えたことがない私には永遠わからないままだろう・・・。こんな私がいるのも、小さい頃から20そこそこで結婚した母の 結婚だけが幸せじゃない・・って言葉の洗脳があるだろう。。今思えば感謝している。そんな言葉を聞いて育ってるから今の私になっているのだと思う。たくさんの人のイイも悪いも汚いも綺麗もいろんな言葉で今の現在の私が形成されているのだと感じてる。超頑固だけど影響されやすいところもあるけど、人の言葉を受入れ消化して足したり引いたりしながらこれからもいるのだと思う。

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