AKO’S Monologue

  • ポロっと

    面倒くさいに意味があるんじゃないかなと思う。。。近道だけがいいとも思わない。遠回りしたから見える景色も感じとることもあるはず。面倒くさいけどそれだけ手間ひまかけていくとそれだけ違いになるんじゃないかと思う。無駄を省く苦痛を避けることもいいラクをとってもいいけど、それだけ何かを得ているのだろうか??虚栄、虚像 ネット上がすべてではない気がしてる。ネット上の感動や共感や注目が自分にあてはまるかどうかは別問題のような気がする。ネットを使う側にいるようで、ネットに煽動、コントロールされていることもある。切り取られた写真の景色がとても美しいの場所なのだろうか?目をひく着こなしが自分に似合うかどうかは[??]で、他人の美味しいが自分の好みの味だとは限らない。自分が自分の良さも欠点も好きもニガテも知っていく事、周囲と間をとること、大人の成熟度を増すこと。間合いが大切だろう・・人との間が人間=人の間・・余白。間合いの取り方と余白のある人は素敵だと思う。間合いって無関心でも無頓着でもいけない、意識しないかするかの境目!!どれだけ意識しているかしてないか自分に他人に社会にがその本人の成熟の現われのような気がする・・・。まずは自分の面倒くさいをするかしないかが始めの一歩のような気がする。面倒くさいって言いながらもしている人が何かをKEEPできてる気がする。めんどくさい と言葉にしてもいい、みんなめんどくさいのは同じ do  OR  don’t は物凄いツケで返ってくるはず。世の中、メンドクサイが社会で生きてる事のようにも思う。。

  • シーン

    昔は一生モノという言葉でお洋服を買っていた時があった・・笑 それが幻でしかなかったこと今の私にはよー--くわかる。変わっていないようだけど否応なしに変化してくる肌の透明感、しわ、たるみ、体型、姿勢、体の節々の痛みと故障etc. それに伴いキモチと気分はもっと変化する。2日前の暴風台風が通過して朝晩グッと冷え寒さを感じ気分よりカラダが突如温かいモノを求める。気候も変われば気分も変わる。環境が変われば馴染みながら変化もしいく。コロコロ変わるから心というけど大胆には変化せずとも樹々の紅葉のようにジョジョに変わっていくから仕方ない。。購入してすぐ着るタイプとネカして着るタイプがあると思う。私はネカして着る方かな・・笑 仕入れの時点で自分用に入れておく時もあるし、店頭でお嫁にいかないモノのときもあるからワンシーズン時差でズレるときもある。自分に似合わないものは着ないし買わない。気に入っていたけど違和感のときはサヨナラの時かもしれない。単品でなんとなく似合わないかなって思っても組み合わせと着こなしでチェンジ&カバーできることもある。サイズ感が変わってもお直しなどで工夫できることもあったりする。出番多くて生地の傷みや変色で渋渋サヨナラもあるかもしれない。立場によって生活環境、ステージが変化する、長いお付き合いができるお洋服というのが大事なんだと思う。選りすぐりのベストメンバーが段々と増えていくクローゼットが私はイイと思う。たった10着だけで自分が満足できるはずがないし、シーンがワンパターンのはずもないのだから無理じゃないだろうか・・。

  • 造園

    初めて造園屋さんに庭木の剪定をお願いした。気になるところは金額。だけれど、価格で判断するというのはどうだろう??ファッション業界なんてファストファッションが登場して以来、価格競争&判断基準が金額に偏っている。金額重視で判断するというの社会で取り上げられるSDG’sに反していることも思う・・。コスパという言葉もあるけれど、しっかりとした理由あって対価として存在する。例えば、海外ではいいサービスを受ければチップもはずむもの。芸術家や工藝の作品は金額だけでは判断できないもの。造園屋さんも技術職。作業は8時前に来られ段取りと手際のよさで作業開始。なにより驚いたのがこの木はなにも整えられていませんね・・の一言。だた伸びた枝を切るのが造園屋さんの作業ではなく、時間をかけ枝ぶりや木の向きや形を整え庭全体の景色を作っていくのが造園屋さんの腕の見せ所のようだった。時間をかけ手入れしながら作っていく庭木たち長いお付き合いの始まりを感じた。創業100年以上の畳屋さんに頼み紹介頂き、ネット掲載のない造園屋さんで長年任せられている庭木たちが多いのだろうと感じた。この木はどうしましょうか?あの木はこちら方向に伸ばしていっては?何もわからないのに意見を聞いてくれつつ提案して頂けるから有難かった。私もそういうお洋服さんの接客を心がけたい。できるだけクローゼットの物たちを時に休ませながら主役に抜擢させながら長いお付き合いの仕方(コーディネイト)を提案していきたい。

  • たいふう

    せっかくの3連休・・台風の気配がして予定変更の方もいらっしゃるかも・・。2004年四国で被害のあった台風経路とそっくりらしい。2004年っていくつ?って記憶をたどるほとんど思い出せず・・笑 当時28才の私 十分大人のはず・・笑 30の壁 が近づくと出逢いを求めてたり、食事に行ったり、夜な夜な友達の家で夜更けまでおしゃべりをしていたような。社会も移り変わったように、私自身もずいぶん変わった気がしてる。男性との出会いを真剣に悩み、コレといった趣味もなく、明け方まで元気だった体力、いろいろ思い出せば単純によく笑えていた時期でもあった。スマホもないのにどう約束していたのだろう?別れ際に次の約束や予定を立てていたのかもしれない。ギクシャクしたり、はしゃいだり、泣き笑いして密だった。若さなのか・・会う頻度なのか・・おしゃべりのせいか・・。スマホで簡単に繋がることも出会うこともできるようになった、男性とは付き合っていなかったけれど女同士の友達つきあいで表面上だけじゃない思いや考えを伝え、気持ちをくめた。決して広くはなかったけど・・。便利な世の中ではあるけど、不自由さ不便さの恩恵もあったのかもなー-。進化のはずが退化なのかもしれない。。

  • 続kyo-sei

    『ふつう』の呪縛 から解放される頃なのかもしれない。コロナ静止から社会が動き始めていろんなところで価値観の違いを目の当たりしている話をよく耳にする。職場、友達同士、知人程度にも。『違い』をどうしてだろう?なぜだろう?って考えたところで答えは出ないはず。思ってもみないこと、考えにもうかばない事をすることが身の回り多いから、違うことを受け止めて生活するしかない!私はその点 結婚もしてない、出産もしてない、家族や会社に所属してないから、ないないないだらけだから気楽で関わらずいられるのかもしれない。しないを自分の意志で選択してるから周りから言われる筋はないと思ってる。ドリームキラーならぬ根拠のない『ふつう』を振りかざしてくる普通亡霊。普通亡霊の最も怖いところは悪意なく善ぶって振舞う言動。人は毎日6万5千回選択しているそうだ。戦国時代みたいに命とりになるような言葉遣いも選択もない身分もない世の中。6万5千回の選択には何を言うかどういうかという事も含まれているはず。本音と建前、裏表、二枚舌などの人がいてできるなら遠ざけていたい。見極める観察力、騙されない能力を身につけたい、机上のお勉強だけの知性ではこの社会はとても生きにくい気がしている。知性と知恵が何なのかを改めて考える時期になってきている気がしている。外見よりなりたい自分の内面人物像を描くことと、なりたくない反面教師と逆の行動をとる まずはそこからかな・・・できることって。

  • kyo-sei

    半年ちがいで矯正治療始められたお客様はブラケット(金具)がとられていて今は違う装具の新たな生活を送られていて「よかった!」というのと、同時にその生活2年ぐらい続くと聞いて長さを感じるとトホホホ(-_-;)。始めた時はおおよそ覚えているけどその間の治療5年をあんまり覚えていない。笑 どんな様子だったか思い出そうとしてやっと装置や生活を思い出せるぐらい。そのぐらい痛みも苦労も辛さも不自由さも忘れている。笑 人間のイイところなのかもしれない・・忘れることって。いつまでも覚えていることも、事と場合によってはとても大切なことだけれど、忘れることも大事な気がする。矯正治療してみて、歯だけではない生活習慣、クセをずいぶん矯正的に変えなければいけなかったけれどいつの間にかそれが当たり前になってるもの。ただ歯並びを良くしたいだけで始めたけど寝相、頬杖、噛むこと、舌の使い方、姿勢、等々生活全般に繋がっていた。。41歳で始めてもっと早くしていればなーと思ったこともあったけど私にはこのタイミングだったんだと思う。人それぞれに合わせた人それぞれのタイミングがあると思う。例えば、結婚、出産、転職etc. 早いも遅いもなければ『ふつう』ということもないはず・・。流れに身を任せたり出逢いだったり、本人が決める意思だったりするはず。つづく

  • IMA

    半日風に吹かれていたらたまに、ヒンヤリとした空気の風に出会うことがある。秋の気配何か欲しくなった・・具体的じゃないけど・・何か・・。蝉の鳴き声も薄くなって儚げでさみしさを感じるからかもしれない。ずいぶん前お客様が「秋ってなんか寂しいからきらいなのよね・・・」っておっしゃった記憶が残っていて、私が仕事を始めて間もない頃でちょうど今その方と同じ年ごろになっている。日ごろ明るく元気でアクティブな方だったから意外な言葉のギャップがあったから鮮明なのだと思う。年齢のせいかな・・??って思ってみたりしたけど、もしかしたら夏を満喫してすごしたからかもしれない。歩いているだけで汗だくになり、猛暑の中作業したり、年甲斐もなく海で遊んだり海辺で過ごした時間が多かったこの夏。フリカエル ってことは時間が経っている。カラダで感じたことは印象深いからかもしれない。笑 不器用なわたしはなんでも体当たりで経験しないとインプットされない。先日本を整理し処分した読んだだけでどれだけ記憶に残ってるだろう‥不安になった 笑 残念ながら残ってないだろうなぁ・・って。。。まぁー--いい。記憶も大事だけれど忘れてるってことは前を見てるって証拠だもんね!!って 過去と未来の狭間が今ってことだもの。 

  • シロダーラ

    人生初体験しました。何を?「シロダーラ」アーユルヴェーダ4000年前からあるもの。ベッドに寝て額にオイルを流しあてる療法、写真で見たことある?という方もいるかと思います。わたしもどんな感覚なの興味あって念願叶ってやることができました。脳のデドックスにもよく疲れやほぐすといったものらしいです。どのくらい良いかは専門家ではないから詳しくはわかりませんが大昔からあるという事は一度はやってみたい!!そのためにスリランカに行きたかったぐらい興味あったことの一つ。笑 インドスリランカではオイルらしいけれど、私が体験したのはすこしヌメリのあるハーブ水。ドキドキ緊張感ではじまり体験中いつの間にか寝落ちして爆睡でした。目覚めてスグは言葉にならなかったけれどなんともいえないスッキリとした感覚、汗を流すでもなくお風呂上りでもなくなんなのでしょう・・言葉にできません。額と頭皮をゆったりとつたうのがなんとも不思議です。日本は滝にうたれる激しさはあってもどうして、インドスリランカの人はこの現象に気づきシロダーラを始めたのだろう??と想像してしまった。きっときっかけになることはあったのだろうけど、最初始めた原型はなんだったのだろう?今の世の中は成熟したもの当たり前になったものが多いけれど、1000年単位ってなかなかないと思うと神秘的です。。

  • 朝顔

    ふと来年の夏は昔ながらのぼかしの入った色の朝顔がみたくなり育てたくなった・・。小学一年のときに理科の時間でしたように・・。汗だくになりながら植物に水やりしているとほぼ毎日のように観ているのに微細な変化の生を感じる。この暑さは人間、動物、植物もおなじで寡黙でも変化してるのに気づくとついつい親しげになってしまう。。。笑 自分の変化はあるところでは感じ、あるところでは見ないふりをしてしまう。最近、目にした資料だと、体内も腐ったミカン状況が生じるようだった。老化が進んだ箇所は全体に老化を進行させてしまうし、その真逆で老化したカラダでも若い物を移植すると全体的に元気になっていく傾向にあるようだった。職場で20代と接する方はやはり感覚も発想も刺激を受けるのと一緒だなぁっと。元気や明るい気持ちなったりできる場所を提供していきたいと思う。なにもしなくてもこんなに暑いとグッタリとしてしまうから自分の健康は自分で気づいてあげるしかない。すこしずつ薄まってきている夏を感じつついられるのも今だけ。

  • お盆

    燦燦とした太陽下、外で半日過ごすと夜になってぐったりと疲れ果てていた。。こんなに汗がでる暑い日日、家でじっととそうは言っていられない田畑や果樹を育てている方のことを想像した・・農作業。昔、お盆時期に祖父の家に泊まると朝早く田に水を引き、昼と日暮れとに田の様子を見に行っていた。器用な祖父は働きながら稲作や畑もしつつの兼業農家をしていた。春にはイチゴ、キャベツ、玉ねぎ、夏にはスイカ、キュウリ、ナス、トマトと育てていた。サツマイモ、里芋、ネギなんかもやっていたなー-っと思い出した。360度どこからも虫がいてイヤだった、トゲトゲがあたると痛かった・・けど収穫するのは簡単だった。。今思えば、よく多種にいろいろと育てていたなーっと思う、16~19歳太平洋戦争期だった祖父、食べることについて思いがあったのだろう・・。生きているときにいろいろ手伝いをしていればよかったと後悔している。野菜を育てることに無知すぎるから、価格だけで判断してしまう野菜、果物、食材たち・・ミエナイ労力を感じた暑さ。洋服だって、生地屋さんがあって縫製する方がいて暑い中段ボールを運んでくれる配達の方がいてたくさんの方が関わっている。安い高い価格の判断以外ができるようになったらいいな。。。

  • 懐かしい曲を聞いた・・無音生活のこんな私でさえスラスラ歌えるぐらいの JーPOPS、TVドラマのテーマソングだったりで多感な中学~高校によく耳にしていたからだと思う。一瞬だけ当時の心境を思い出すこともあったりして気分が変わった。どこにも行けないから懐かしい曲で時間トリップはできるからお薦めしたい。今この歳になって聞くから理解できるニュアンスもあったり、やっぱり当時を映していて つよくいよう・・がんばろう的 なものが多い気もした。笑 サザンオールスターズは、大学の暑い夏合宿ぐったり疲れて長いバス移動中ずっと流れていた。バス運転手の監督がサザンが好きだったから仕方なかった。笑 今思えばあんなにも朝から晩まで夏休み中毎日バスケをしていたエネルギーがあった 若さ ってホント素晴らしいと改めて思ってしまう。若作りはしたくないし若さに執着もしたくないけど、やっぱり元気でハツラツ、ココロの明るさは保っていたい。笑いしわは生きてきた年輪とポジティブにはまだ全然受け入れられないし段々濃くなってきたシミとにらめっこする朝。失いかけて・・失って気づくよりも今の過ごし方、意識、コツコツの積み重ねなのだろう。きつね色からタヌキ色になっている肌の私は、電車で日焼け止めを念入りに塗っていた色ジロの女子高校生2人をみて、日焼け止めをテキトウに塗るようじゃダメだなぁって 笑 反省

  • TRANSIT

    3階に置いてる雑誌を久しぶりに手にとってみた・・世界のいろんな地域の内容を取り上げている雑誌「トランジット」 海外の空気をそのまま運んでくれるから海外にいった気分にトリップさせてくれる・・いつか行きたいなー行ってみたいなって気持ちと同時に、一生行くことないんだろうな・・とも思ってしまう。一枚の写真で二つの相反することを想う。希望と現実、夢とハードル、楽観と悲観、前へと停止、一つの美しい景色を前に行ってみてみたい素直な気持ち&大人の理性と感覚が入り混じる。いつから消極的で臆病になってフットワークが重く鈍くなったのだろう?コロナのせいか、社会のせいか、自分の年のせいか自身の体力のせいか・・ヒトコトで済ませない。周りのせいにするのは簡単・・だけど自分主体で生きていれば自分次第ですべて変わるのも事実。お客さんの小さい頃から知っているご家族が都会の大学に行ったり、専門学校に行ったり、就職したり、結婚されたり出産されたりと外的変化のチェンジ[change]して、たくさんの経験をしてトラジション[transition]内的な変容もおきてくるのだろう。今は外的変化で自分の内的な心の変化が起きて当然だから、無理無理って思うのもいつか行きたいと憧れを持ち続けるのも私自身。前を見てる人、止まっている人、後ろを見ている人、個人のトラジションが起きているから価値観の違いを目の当たりにしているのだろう。

  • 昆虫

    TVもほとんど見ないしネットも見ないようにしていてほとんど困ることはない。笑 たまにネットニュースを見てもオモシロイな!楽しいな!へーって感心することはない、私だけだろうか?似たニュースばかりで・・検索してみても必要な情報も専門的なことは出てこず、信憑性のあるものかどうかも疑問、検索ド素人だから仕方ないかもしれないけれど・・。詳しく知っている人に直接聞いたり、リアルな経験談を似た感覚のお客様から直接聞いて参考にしたい。趣味嗜好って人それぞれで感じ方もサマザマ、求める事と内容も個人差がとてもあること。広がっていくタイプと深くなっていくタイプについて話題になった。広がっていくタイプは浅く広くなりで全般的に情報ツウ。深くなっていくタイプは、オタク系&職人系だったりして秀でているものがあるから話を聞いていてもとても楽しくオモシロイ。そこまで深く深く掘り下げていける好奇心と興味をもつことが素晴らしくリ尊敬する。私にとってはノンジャンルだけれど楽しそうに話をしている様子とへーっていう驚きがあって楽しい。そして、そういう方は貪欲だから会うたびにバージョンアップしている。前この夏の時期は子供たちも一緒にお店に来店してて昆虫好きの男や漫画好きな女の子が本を持ってきていて、いろいろ話をしながら昆虫の種類や漫画のストーリーを教わっていたもの。もうあまりない懐かしい光景。

  • 個性・・

    社会や他人との関係性をどう思っているかが服装にでると思っている。社会に向けた外見情報。類は類を呼ぶそういうものではないかと思う。20年以上お洋服に携わってきて思い返せばいろんな時期があったなーって、背伸びをしたり見栄をはったり、カッコいいを勘違いしていたときもあった。まだ自分がしっかり無かったような時期で見よう見まねだった。今は清潔感だったり、老けてみえない格好、疲れない心地よさを求めているかなぁ。お客様の同世代とお姉さま方々と一緒に過ごしながら、ひとりひとりの選び方ひとりひとりの着こなしがクッキリハッキリしてきたと思っている。それが個性だと思う。これからのファッションはわかりやすい流行、キャッチーなアイテムが減っていくその代わりにセンスを感じる着こなしにドンドンなっていくと思う。好きな色、落ち着く色、好きなシルエット、好きなアイテム、着やすいアイテム、テンションが上がるもの、便利で合わせやすい、なんでもいい!何を基準にして選び着るかは本人。本人の基準で選ぶからそこにセンスが感じられるようになる。テキトウもテキトウ感が出てしまうと思う。だから、わたしはA.Iのごとく その方の好み&気分&シーンを想像して客観的に似合うアイテムを紹介して具体的にコーディネイトして「痒い所に手が届く」手のようにいたい・・笑 外見情報:見せる自分と本当の自分があって外見と内面ってそんなにかけはなれてないと思う。自意識あることが人間と動物との違いだとあった。美意識は人間特有のものらしい。美意識があるってことはとても人間らしい だから、ファッションを楽しもう。さりげなく素敵は最高の褒め言葉だと思う。

  • 個性

    自分のことを客観的によく見ていてくれる親友というのはほんと有難い。私も長い付き合いで親友の特徴をよくつかんでいたようで言葉にして表現すると彼女自身のプロフィールコメントに役立ったようだった。自分で気づいてないところや無意識なことや好きじゃない部分が特徴で個性にもなっていると思う。電話で話しているときも気配りしてくれる優しさはピカ1。日本にいなくて海外生活が長いからなのか自然にでる言葉に思いやりを感じる、彼女からすると普通で当たり前のことらしいのだけれど とってもいい所と思っている。ミエナイ、ミエテナイからキチンと伝えると伝わるコミュニケーション能力。わたしはというと頑固なところらしい・・笑 しっかり考えがあるという事でガンコ・・自分は全然よくないように思えて仕方ないんだけど、そうでもないみたいでオモシロイなぁってかんじた。私なりにあってお店をしているから、お客様がお洋服を選ぶこと、買うこと、着ることもその後も・・つい考えてしまう。キャラクターや体型、嗜好、その本人の気分ありのままでいいと思っている。本人の希望や理想に近いスタイルとアイテムをご紹介しつつお洋服全域で より素敵 のお手伝いができたらいいと思っている。(装い、纏う)服を着る、おしゃれは自己表現の手段と技法のひとつ。ムリをしなくていい。。

  • SPEAK・・

    洋服は着るだけでスグ、変身できるところがイイ所と思ってる。だから、わたしは虜なんだと思う。ちょっと気分も変わって元気がでたり自信になったりが本人の心理。(お洋服の印象)見た目で勝手に想像される利点と弱点と難点もあったりする。服を含みつつのトータルでその人の個性が作られている。私も十分以上に気をつけなければならない口調が最近ミゾを作っている・・トホ 反省。お互いにどんな人柄か分かっていればよいけれど・・・そうじゃないこともある、親しい中でも礼儀ただしく。会話とはとても難しい。言葉、イントネーション、口調、話すスピード、ニュアンス、表現の仕方もサマザマな要素をたくさん含んでいる。印象を大きく変える何気なく使っているけど一番取り扱い注意で危険。美しくもあり、優しくもあり、あたたかいもので思いやりあるのがコトバ遣い。今朝、中興名物の茶入れ道具のお点前のお茶稽古して、いつもとは違う扱い方をする。道具一つで扱い方もお作法も変わるのが端々に出るのがオモシロク楽しい。ガサツな私が修正されているのを感じられ些細なこと一つ一つ丁寧になり、美しくを心がけられる。大人になって野放し、指摘され正されることもないから気づき改められる、凛とする空気の漂う時間があるのもいい。非日常って精神面で身近にもできたりする。

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