AKO’S Monologue

  • 意識的支出

    今日、目にしていいなーーーって思ったことがあったので抜粋させてもらってる。それは、本の紹介で「好きなものには惜しみなくお金を使いそうでないモノには容赦なく節約しよう。本書は節約のためにカフェラテを外で買わないよう勧める類の本ではない。好きでもない、くだらないものに対して節約することで、好きなものにもっとお金を使おうと勧める本だ。」となっていた。優先順位をもっと明確にすれば、もっと経済的に自由になれると・・。意識的支出ともあった・・・。ファッションやオシャレが好きな私は20代は化粧品、エステ、食事する場所、出かけることなど全般的いいとこ取りしようとして支出は赤字続きだった。今は意識的支出になっていると思う。中途半端なことは一切しない。0か100かぐらいにかなり偏っていて私自身それでいいと思っている。だから、お客様にもお洋服選びに迷われたらじっくり考えてもらいたいし、機会や出番が少ない服や着ることに躊躇しそうになる服は選ばないでいいと思っている。タンスの肥やしになる服はなるべく減らしてもらいたい。オシャレ心&女心&美意識があれば気分や気候や天候やシーンで着たい服のタイプも変わるのは当然のこと。こんな新緑の季節は気持ち良く爽やかにオシャレもしたくなるし、寒くなればほっこりする温かい服が着たくなるのも必然、誰もそうだと思う。だからこそ、お気に入りと出逢えるようにしてあげたいと・・・そして、出番の多いものや色違いや2代目が欲しくなるモノを紹介してお気に入りに囲まれたライフスタイルのお手伝いができればいいなと思う。。

  • minaosu・・

    本を読んだことが身になっていればもう少し何かが変わっていたんじゃないかな??って。人間コミュニケーションは言葉=話す力=表現力=伝える力=聞く力しかできない。ほんとに50年近く経っても流暢に日本語を遣えない。遣えない(=気、心を、工夫してつかう事)らしい。(工夫=あれこれ考え、良い方法を得ようとすること、また、その考えついたうまい方法)らしい。一度読んでスンナリ頭にインプットできたらもっと世界は違って見えたはずだろうし、アウトプットできてバージョンアップも掛け算でできたに違いないだろうと想像する。だけど、頭じゃ理解っていたとしても×心×身体が必要。何度も何度も刷り込んでやっと身につくこともあるだろう。というよりも何度何度もするから身につくはず。天才という人たちは、何よりもどんなことよりもそのことに考え続け、時間をかけてきた人。昨夜TVで新体操の内村航平さんが出演で何も考えなくてもできるぐらい体が覚えるまですると、食事するときに箸の使い方を考える人はいないと思うそのぐらいになるまで・・だそうだ!そして、三度失敗してできないことはすぐに諦めると言われ潔いぐらいアッサリの判断する。凡人の私を自分がよく知ってるから何度でも繰り返し読むことがあってもしょうがない。一度読んだ本もまた読んでなにか感じてまた忘れてまた読んで・・笑 服だってそうだなぜか惹かれるものトキメクものはそう大して変わらないけどやっぱり好きなものはすきでトキメク。服が好きなんだものってことでここは諦めるしかない。。笑

  • minaosu

    本棚の本を久しぶりに整理して見直してみた・・・。一度読んでいるはずなのに初めて出会うようなものがあって、全くと言っていいほど身になっていない。。汗 とても残念すぎること、一度目を通すと頭にインプットされる頭脳が欲しかった・・と切実に想う。薄っすらでも思い出せればいいけれど、そうじゃないモノもあるし、表紙を見ただけでこの本は確かお気に入りだったと思っていた本とだけは残っているけど、スラスラ内容や一文が言えるはずもない。何でも理解したつもりでいてもそうじゃないモノばかりだ。たまに、本の一部を抜粋して書き留めていたりするけれどこれまたどこにメモしたのかもわからずで行方不明になってしまう。中学1年で頭脳の違い、脳のデキ(脳の創り)の違いを知った私。一度読んだら理解できると言った彼女は、どうしてわからないのかが不思議そうだった口調は衝撃だった。彼女には彼女しか見えない景色がある、私には私しか見えない、十人十色で同じように見えていても実は違うのだと理解しているつもりだけど、私の思考の癖でしか捉えない事、思い込みや視覚でしか感じとることしかできなくなっているものがどんどん狭まっていくような気がしてる。年と共に仕方ないことなのか?実は年と共に寛大になっていったり、寛容でいたいし穏やかにもっと広い考え方となりたいと思った。知性は大事で最近の日本の教育が知性なのか?頭脳なのか?そもそも勉強とは何なのだろうか?ってフト思うことがある。本棚には読んだはずの本が沢山あるけれど身になっていない私がいうのもなんだけど。。。笑

  • 自分

    歩けばご高齢の方をたくさん見かける人口の半分が50歳以上の国日本だもんね。。ってつくづく実感する。年齢で判断してしまうこの私の色眼鏡もどうかと思う・・この一日の朝昼晩の気温差に加え一日単位で天候気温が変わる毎日。。人間のカラダが日々一定ではない事をしみじみ感じるこの4月。お店のある近所の年2度ほど植木屋さんが来られ庭木の手入れをされていた閑静なお家が更地になった・・。満開になりかけていたピンクのつつじの大きな木もモクレンも松もあとかたなく。町の風景も様子も少しずつ変わってきている。さみしさはあるけれど、新しいモノを受け入れ変わっていくものを変わっていると感じていれば外側も内側も新陳代謝が同時に起きてると思う。いろんな方と話をしていて様々な価値観を持ち、自分の合うコミュニティをそれぞれに持っていることを感じる。程よく自分らしさを持っていないと外側の変化に振り回されてしまうような気がする。多くの方と接しリーダーシップをとっているお客様が、本物か偽物か見極めるのは実際に触れて経験を積んでいくしかないと。。コミュニケーションも沢山いろんな方ととって考えたり失敗して経験してその都度いろいろ感じての経験値から自分に合う合わないがあるような気がする。やっぱりそこで自分というのを知り、自分の心地よい感性というものをおかなきゃだわ。オシャレもコミュニティも環境も同じ気がする。

  • POWER モーニング

    ソフトな話し方でふんわりした雰囲気のスカディのデザイナー兼社長、同世代で働く女性同士で好感もあるかたなので「迷惑かな?」って思いつつもちょっと聴いてみたいこともあったのでせっかく福岡にいらしてるからと誘ってみた。「よろしければ一緒にパワーモーニングしませんか?」と送信。運動、ジムでも行くのかな?なんて想像されたみたい・・笑。以前、誰かに聞いたのか、出張先で朝の時間を活用して出かけていたこともあったのでその時に名付けたのか忘れてしまった。勝手に共通言語かしていた。。A.M 8:00に待ち合わせて朝食を食べながらいろいろ話をした。コロナを機に夜よりも朝型になって早寝早起きて朝の活動の有意義さもある。朝元気になれるエネルギーチャージして一日を送るのもいいのなって思う。早起きは3文の得・・笑 きっとこれから少しブームが起きるかもしれない。なんて・・笑。ただ誘える方の生活リズムやタイプがあるからそこはしっかりリサーチが必要で相手を選ぶ事になりそう。会ってコミュニケーションをとるのはやっぱりいい。話しながら相手に伝えようと自分自身でも気づかなかった思いや考えがカタチになる。ヒントもあるしちょっと視野も変えられるからいい。福岡で土鍋で焚くご飯と鯖で和朝食でスーツ姿男性4人組、クリエイターっぽい男性4人組、カップル2組と私たちと様々な方方がパワーモーニングしていた。きっと充実した一日になるはず。時間の使い方も人それぞれ・・・。時間の使い方も新しい時代になった気がする。。  

  • 小旅行

    はじめての経験というのはワクワク&ドキドキするもの。私はやっぱり旅行は好きだ。訪れたことのない場所の雰囲気というのは新しいモノをめいいっぱい吸収できるから・・。春夏1週間だけ公開のお庭と建物だと雑誌で見ていってみたいな・・っと ひと月前から計画立てて訪れた。写真で見るより10倍は素晴らしく期待以上に素敵だった。笑 自分の視線で見るから感じとる細かな箇所も全体もよく感じる音と空気と気配。今回そんなに古くない昭和19年&30年代の建物で古さは感じない凛として洗練された佇まいがとても気持よかった。こんなお家に住んでいたら最高に気分いいだろうなーーって憧れた。今回プランお任せでちょっと背伸びした空間でアフタヌーンティーや店主こだわりの一点一点のアンティークショップになにか「洗練」というヒントがあったような気がする。日常から少し背伸びする経験はほんとイイものだ・・50間近で十分大人なのにお恥ずかしながら異空間というのはメタバースより楽しい笑 ちょっぴり我ながら成長した気がする まるで初めて化粧してもらった時のような変身のような・・笑。思いきってお誘いしてみてよかった。自分だとチョイスしない訪れない場所を行くというのはドキドキの緊張感もまたいい。異空間を楽しむことを久しぶりに感じた。わたしもお店でお客様にとって馴染ある落ち着く+心地いい空間とちょっとワクワクのあるお洋服との出会いが楽しいを提供できるところでありたいな・・って改めて思いました。

  • 予想図

    お店に生花を飾り続けていつも思う・・同じときに買っているのに枯れるお花と枯れないお花の時差があること・・・なんでだろう?って不思議に思う。元の個体それぞれの生命力なのだろうか なぜだろう?人も元々遺伝的、家系的にというのがあるのもわかる。左右見比べると明らかに差があって私の右手はシワシワだ。先日の団子のように腫れたのが原因はよく理解してる。笑。何が起きて何があって何をしたか経歴の違いが年々顕著になる。3階ラウンジでマネーリテラシーを始めたのも、私自身枯れかけた生花の様になりはじめている・・3週間ほぼ通院して、介護士さんに付き添われている方を沢山見てきた。いつかこうなるのだろうか・・?介護される生活を送りたくないと強く思っていてもこの先どうなるかわからない。意思や願いや希望だけでどうにかなるものでもないけれど、今予防や備え準備はできたりするもの。自分の60代と70代・・人生100年時代と言われてそんなに長く生きたくなくてもどうなるかわからない先。もっとずっと先のように思ってしまっているけど準備や備えは早ければいい所はあるはず。。時間に限りがある事は事実、今のまま永遠に続くわけではない危機感を感じなくなってしまっては生命力は弱まってしまうもの。過保護の中のような状況はいつまでもつづかない危機感を持ってる人と持っていない人、どうしたいか?どうなりたいか?どうありたい?私自身プランニングしてる。そうしたら今はもっと大事でもっと貴重になってきてる。

  • 一進一退

    季節は少しずつ温かい方へ進みはじめていて・・今年は花冷えはあるのだろうか?いつもだともうすこしだけ季節が戻ることもあるけど。この春はこのまま温かいままだろうか?手の傷もずいぶんと落ち着いてきたのだけれど腫れがひいたりまた腫れたりで一進一退を繰り返している・・、この時期は花粉症や黄砂や一日の気温差もあって車中は暑く感じるけど、夕暮れを迎えるころには気温はみるみるうちに下がって寒く感じるもの。。気候に馴染めず身体も驚いていることだろう。。。手の様子を観察してると、以前はよく耳にしたコトバ 揺らぎ世代 も・・人間も生き物だということを常々感じてしまう。それもとても繊細な生き物と・・笑 気持ちと事実のギャップは埋まらないままでいたりするのか自分だけがタフだと思い込んでいたようで、24時間ほぼカットバンを張っているとかぶれて皮膚がタダレテしまったり、皮膚も腫れがひいてきたと思ったら今度はパンパンに腫れて伸びてしまった皮膚がシワシワになってて 明らかに左右でしわの量と深さが違う・日々コンディションで痛みも違う日々・・泣き笑 カラダのバイ菌と戦うためにも免疫アップといつもよりも量大目に食事する毎日、免疫生活ってホント生き物の自分のカラダと向き合うこと。たまたまケガして拗らせて目の入る手でよく使う右手だけにチョクチョク観察される。デリケートなモノ言わない身体を労わり意識を自分のカラダにちょっと意識を向けることはオモシロイ。桜咲きいい陽気で気分イイけどナイーブな身体は慌ただしい様だから、皆さま体調に十分お気をつけてくださいませ。 

  • 離ボディ・・

    今回 晴れ上がったブサイクな黄土色の指と甲が元に戻るのかスゴク気になってしまった・・私は外見しか見ておらず反省した。利き手だけに箸を持つ、字を書く、顔を洗う ちゃんと動くのだろうか。自分のカラダにさえ超利己的で偏った見方しかできない私を恥じた。以前学んだ際、人間のほぼ大半は思い込み、勘違いの人生。どういうことかというと自分の超勝手な利己的な思考、価値観&先入観でしかモノを見れない事を 知らない !自分が全知全能かのようにいつの間にか勝手な自分の思い込みで創り上げた世界のヒロインでいたり、周りを悪者や自分を被害者にして自分を正当化していたりする・・大人になり損ねたのか、大人や社会人を忘れたのかシーンに関係なく子どもよりも数倍質の悪い年だけ増えてる人が増加傾向。当然 当たり前から生活全てにおいて少し離れていられるが大事かもしれない。全てに当然ということはないんだから・・自分のカラダでさえも。。。箱入り娘のような無菌室では生活できない社会だから免疫力つけることや生活していれば不具合や傷みは必ずでてくるものその都度ケアする。30過ぎてから長くケアされ手入れの行き届いた自分のカラダは何よりもの宝モノになるのかもしれない。

  • 離ボディ

    只今ホワイトグローブ生活をしています。ケガして完治したと思いきや油断大敵!みるみるうちに腫れあがり化膿して処置してもらい包帯を巻かれてる右手。安易に考えすぎていた私。菌というもの恐ろしさ。小さい傷口から菌が入り命の危険性を言われ、経過次第でもしかしたら入院して大掛かりな開手手術と・・白黒写真を見せられ血の気がひいたと同時にお店のこと、右手の傷、右手がその後キチンと動くのかなど頭に過った。最悪の事は考えまいとスグ思った。熱をもつ右手ばい菌と戦ってるから・・看護師さんに言われ。ウルとちょっと泣きそうになった・・攻防する自分の体の部位をこんなにも客観的にマジマジと眺めることは今までに人生一度もなかったかもしれない。年を重ねていく中でセルフラブ(Self LOVE)セルフケアが大事と言いつつも・・自分のカラダを自分自身がこんなにも遠目に観る事、慈しみ持つことなかったなぁ。当たり前で当然と思いこんでいたMy Body。脆く弱く繊細に多機能しているって超有難いこと。どこでどうなって?ばい菌侵入したのか思い出せないぐらいの些細なことからの危機。日ごろ何も文句一切言わない忠実な忠実な臓器身体。利き手代わりの左手の不器用さに苛立つことなくすべてにおいて倍の時間がかかるいつもの生活・・自分のボディは自分のものだけどそうじゃないかもしれない・・。意識外でほぼ全て動き機能してくれてると幽体離脱っぽく捉えてみてほしいなぁ。。 

  • グローブ

    WBC優勝で幕を閉じ・・とても元気がでて勇気づけられ、メンタル ハートの大事さ、自分を信じたり、相手を信じる気持ち沢山の感動がありました。栗山監督の心境や村上選手の心境、想像しただけでも同じ様な行動は決してとれませんね。凄いな――って羨望です。。バスケをしていた頃のアスリートの気持よみがえりましたドキドキハラハラ 自分にできる?Are you O.K.? 疑心暗鬼メンタル弱い子の私でした。笑。ピンチの時にその人本人が出るとよくいわれたものです・・気の持ちようも薄かったです。今でもメンタルが強くないなりに、弱い事を十分熟知してるのでコントロール 術 避ける道を何パターンか自分なりに備えることが少しできるようになりました。みんな初めからあるわけでも持ち合わせている訳ではないと思います。一つ一つ、少しずつ、ピンチとどう向き合って相対し、対処してきたかだと思います。答えは自分が創ってだしていくもの。スポーツも人生もそう思いました。私も唯一一度だけ心から楽しみゲームをした思い出があります。ワクワクウキウキとプレッシャーさえもなく自分の身体の動きとチームの雰囲気接戦で楽しかったな。あの何とも言えない楽しさは二度となかったです。スポーツの良さや楽しさはスポーツでしか味わえず。プライベートのオシャレだって自分で味わうもの。人生も当の本人が本人の毎日を味わうもの。。なんて・・・

  • 誰もいない海・・

    私が心配するまでもなく・・カブトガニは生きていけるのだろう。広い環境に適応する。できれば私もそうなりたい・・笑 広い環境・・人間社会は環境の中に時流、情勢、とわからないようなわかりにくいような社会環境に生きてる。柔軟にいたい・・。散歩の途中で原っぱの気になる方へ行ってみると古墳が5つあった。古墳って日本に16万基あるそうで、お墓なのかなんなのか、そして時代もいろいろあるそうでナゾのまま。。。わたしは祖父の父母はもう全く知らない人々・・そう思ったら古墳時代のずっとずっとずっと先に私たちがいるんだなって・・・その古墳近くに集落があって太古の人がいたって感じると不思議だ。生きやすいのか生きにくいのか?不便なのか便利なのか?ふしあわせなのかしあわせなのか?進歩してるのか退化してるのか?今はイマでしかない気がする。先の心配と不安があるのならイマ何をする、なにができるかだと思う。私はありがたいことに、ちょっと先を話してくれる人は多い、旅行に行く、先の行事。それに、こうなりたい こうしたい 先もこうでいたいと話してくれる人は多い。先を明るくいるのも今の自分次第だと思う。友達がふと言った一言。。人生のピークが早ければ下っていくしかないから老いていくのかもね。今がピークだったら上がっていくしかないから下ることはないかもね。。自分のピーク(旬)は自分がつくれるもの。。

  • 誰もいない海

    久しぶり ゆっくり・・近くてまだいったことのない場所へ。祖父祖母の墓ちかく車を止め散策してみた。車の往来ある道を一本入ると人のいない世界。幼い頃に住んでた近所の田んぼと田んぼのあぜ道でホトケノザ、オオイヌノフグリ、ピーピー豆の草、赤紫、青色と新緑でノホホホーーーンとした空気が漂っていた。冷たくもない爽やかな空気と暑くも寒くもない太陽の陽ざしに、モンキチョウがフワフワフワととんでいて咲き終わりの梅の花と満開の山桜。花粉症気味のわたしでもマスクなしでくしゃみなく歩けていた。自然の中でなにも考えてなかったからかもしれない 笑。私の散歩は惹かれる方へいく、道はどこかでつながってるし行き止まりならUターンOK、戻ったっていい。今回も民家の間の軽一台がギリギリの道幅を海の方へ下っていくと海岸にでた。その砂浜をテクテク歩いていると グロテスクなイカツイ カブトガニ 全体像がきれいなままの亡き骸と遭遇!!カブトガニってまだいるんだ―――って!恐竜と同級生ぐらいじゃなかった?って調べると恐竜よりも2億年前から生きていた大大先輩の生き物。生存あるかないかって時に、まだイルの確認=死んではいたけどなぜかとても嬉しかった・・・生きてるものがいることへの確認で・・。物言わぬ存在アピールしない水面下にいるカブトガニ。今の人間と逆じゃない!笑 そして、カブトガニがあまり進化も遂げずに、しかも白亜紀末を生き延びてこられたのは、彼らが狭い範囲のみに適応していたのではなく、広い環境に適した生活スタイルを身につけていたからです。(カブトガニ教養講座3ー笠岡市HPより) と健気に生きてるようで実はスコブル達人級の生き方、見習いたい!!笑

  • コーヒー

    朝、父のコーヒーを入れるのはある時期から私のお手伝いの一つになった。香りは好きだったけど、苦くて美味しいと思えず飲むことはなかった・・コーヒーを飲みたいなって思うようになったのはお店をオープンして30歳は過ぎていた。コーヒーはビジネスマンの飲み物とだれが言ったのか忘れちゃったけど 笑 ほんとそう思う。私の周りで Tea を好む人は、ちょっとお上品だったりする。先日ずっと買い続けているコーヒーが姿を消していた。。。ショック。いろいろな味を試してみてこの味に落ち着いていたのに・・。長年愛飲してきたから寂しい気がする。オンラインで売ってないかとすぐに調べたけど販売されておらず。余計に希少性を感じて今も一杯一杯を味わって飲む。こんなにもあちこちで飲めるコーヒーだけどわたしの好みに合っていたあのコーヒー。服もそういうところがあるけれど、シックリするとずっと愛用している美容液、歯磨き粉、ボールペン、歯ブラシ、長いものが多い 笑。自分とフィーリングが合うって大事だと思う。フィーリングが合うのか、長く使用するからシックリしてくるのかどうかわからないけど。変わる良さと変わらない良さってあると思う。なんでも表裏一体。。。自分の感覚を大事にしよう。あA.I.にコントロールされる前に!! 因みに、私が美味しいと感じたコーヒーは今まで 100% ペルー産の珈琲豆だった オモシロい笑。きっとどこかで感じるアンテナがつながってるのかなぁーー ペルーには行ってみたいと思う。

  • 新ためて

    マネーリテラシーをしはじめたのは、資産形成、資産保全と投資の違い、区別がつきにくく、美味い話、リスクの見えにくく知識がついていかず、わかりにくく身近なことなのに話題にしにくいことだから。お店をオープンした時、経営するという事が分からなかったから様々な経営者の本を貪り読んだ。身近でできることが唯一本しか情報がなかったから・・。そんな本を読んで自分なりに感じたことは表現こそ違うけれど同じことに集約されていく気がした。テクニックのようなものはほとんどなくマインド、心のようなものだった。結局、本人の気持と考えと心次第。じゃ心はどこでわかる?って想像してみると ひとつは行動で もう一つは言葉 じゃないかなぁって。最近、何も考えていないのか一方的にヒドイ言葉、醜い言葉をへーきで話す 『 口害 』が多い。老若男女問わず乏しさに気づいていないのが残念すぎる。豊かな社会や環境になって心が乏しくなっていく日本人、第二次世界大戦までは貧しい暮らしでも心は豊かだったと語っているのを耳にした。もちろん知らない社会・・ただ、幼い頃にめちゃくちゃ恐い先生はいたけど怖いだけじゃなかったような気がしてる。豊かという言葉で思い浮かべ 豊富 富の部分だけが増長した今。言葉巧みな詐欺やテクニックや駆け引き、損得勘定、フェイクニュース取り繕ったものが多く真実はわかりににくい。用心するには、日ごろの自分の言葉と行動、そして、すべて自分次第じゃないかと改めておもう。

  • キャンバス

    昨年の初秋ぐらいからいろんなことを感じ自分の中でなにかもがいているところがあった。。そして、この6か月の間でいろんな人と出会ったり、体験しに行ったり、西に東に南にとあちこちに行ってみて3年先の私、5年先の私を思い描けるようになってきた。例えていうなら初秋の頃は真っ白なキャンバスも用意していない手ぶらの状態でいたけど、キャンバスと絵具を用意した状況になって、それから何を描こうか?って、ココ最近は漠然と描けるようになってきた気がする。自分の理想の3年先と5年先のライフスタイルを・・・。起業(お店を持つ)ことを考え始めた27,28才の頃と似てる久しぶりの感覚。あの頃は大人ぶっていたけど無我夢中になれるエネルギーがあった気がする。今は省エネ時代で私のカラダも消極的な消エネルギーになりがちだけど・・・笑 今は今しかないんだから・・なんとなくいるよりも、今を面白がれるようにいたいと思う。正しそうな答えは世の中に沢山たくさん出回っているように見えて、隣の芝生は青々とよーーーーーーく見える。隣の芝生が青く見えていた時期もあったけど、今は自分の心地よいを求めていたい。服を選ぶときに私は着心地がイイこと私のカラダに合っているを基に選んでいるように、環境にしろ付き合う人やる事も選択したい。付き合う人や知人が変わると話題が変われば見えるものもジョジョに変わってくるし、住む場所からちょっと離れて知らない所に身を置いてみたり、日ごろの何気ない時に心のつぶやきが聞こえてくる。

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