微
生の人間の感化される事よりAIって多数の正解でもない平均値のようなものを表現してるそうだ、そうなるとそれに疑問を持ち、問い続けれるかが大切なんじゃないかなって。お茶稽古でなんとなく違うなぁ~?の間違え探しのような微かにシックリしない感あって師匠に尋ねると初めて教わるお点前だった。予習復習もしないだらけの私でも・・?似てるけどちょっと何かがオカシイその違和感だけはあった。答えはワンパターンでもなく正解も一つじゃないのがお茶のいいところで奥が深い所。お道具お作法は場合により様々でほんの微かなことで変化してくる。パターンは数知れずだからそこがオモシロクて楽しい。難しいと思えばきっと続けてこれなかったけど、毎回毎回記憶喪失になってるような私に教えてくださる師匠に感謝してる。気づくか気づかないかの微かな結びつきがあって教養・知性と経験がないとそこに気づけないままスルーしてしまうのもお茶事。亭主の意図と配慮と客の感受の世界。先日お傍でほのかになんともいえない香り漂う雰囲気がその方の品と優雅さが素晴らしかった。麻痺した臭覚の方のプンプン鼻につく香りは困りもので悪臭でしかない。一般に思い浮かべる桜だってあの微かな白ピンクの淡さと一瞬に咲き散る儚さが美しさの源。儚いって若い時は弱さ脆さと勘違いしてたけど、50になって永遠のない今という時(とき)の捉え方からきてるような気がした。「微か」っていう加減はその人が表れる一部。香水だって装いだって言葉だって何でも・・その人の加減次第の微かなもの。接客中その方の良さや特徴も微かなことから感じるからお好みや似合いそうなアイテムをご紹介できてるんだと思う。微かなところに気づけるのもリアル体験で実感できるから身につくこと。お稽古歳月に対して身になってるタイプかは別にして笑 沢山の種類の稽古をしてくださる経験で少し気づけいたのだと思う。体験や経験がその人の魅力になっていく時代。装いや香水だって振る舞いだって言葉だってジコチュウで済むものじゃない、生の人間に感受されることからその人の魅力になっていくんだと思う。スクリーン上では感受できない生身の人が貴重なお手本になってくる。