オルゴール
と言われて音色が奏でる人はいくつぐらいの方までだろう?お客様との会話中で万華鏡は子供の自由工作で作ったよ~っと家にもあったけどいつの間に消えてしまっている万華鏡もビードロも砂時計も・・。キャンディのチェルシーのヨーグルト味を頂き一瞬にして溶けてしまう生触感・・懐かしい。懐かしむって後ろ向きだけじゃなく今があるから懐古できるのだと思う。今と過去はコインの裏表のようなモノっと例えられていたのを聞いたことがある。過去と今、今と未来もコインの裏表のセット。表裏一体なのだと思う。過去があるから今を感じる未来も想像できる。今でしかできることはないと思う。どう想い過ごすかは今のみ選べる。バイヤーとしてセレクトしながら服を選ぶこと、お客様と一緒に服を選ぶこと、会話で言葉を選ぶこと、電車の中でシートを選ぶこと、どれも同じ行動のキッカケになる一歩目には過去と未来がくっついてる。オルゴールもビードロも万華鏡も砂時計もあってもなくてもどっちでもいいかもしれないけど、音色、ガラス細工の繊細さや儚さ、幾何学模様の美しい色を一瞬の儚さを感じさせてくれるもの、忘れていたけど溢れこの環境に慣れきってしまっている今。生産性とか損得とか利益とか勝ち負けとかそういったもの以外の情緒や風情や微かなニュアンスがドンドン消えて無くなりつつある。オルゴールの撒いたネジが止まりかけるときの音の可憐さは今のタイパや倍速視聴する子にはどう思うのだろう?美しいとか綺麗とかって教えなくて感じ身に付いていくモノなんですね・・ってママのお客様が話していたのが印象的。お店に来る子供たちが綺麗ね~とキラキラしたものや色に惹かれるってその子の感覚なのじゃないかな・・、教育は本や学校だけじゃないと思う。消えていったモノからも何か感じ取ってる・・。