AKO’S Monologue

  • トータル

    アパレル業界もお洋服のナガレも着る本人も変わっている最中。スマホのアルバム見たら8年前に戻り滅多と撮らない写真。たまに旅先の景色を撮ったりするぐらいとステキな言葉や気になったアクセサリーやバッグはスクショする。だからほとんど存在しない自分の写真でも変わり様は一目瞭然 笑 肉体変化は歳月と共に十分あったのに対してシーンのお洋服は優先するものがあるから仕方ないけどスタイルはほぼ変わってなかった笑。「お好み」がほとんど変化してない、つまり長年お洋服を楽しみ親しんできた方なら歳月は関係なくなるのかなって思ってる。私の仕入れもお客様への接客も、美的感覚の(着る方×お洋服)直観のみ。その都度流行は変化するから本人の気分じゃなくなるだけでヘン?古い?ではなく、着続けたからお洋服のダメージは気になったとしても傍からはほとんど感じない。着なかった服によく着る服もある経験は年を重ねた分だけ糧(センス)になっていて、自分で似合わないと思うモノを取り入れる必要もなく無理に服に合わせて若作りの違和感になってしまう。大人の着こなし=スタイルは流行りよりもお好みやこだわりが細部に感じられその方のセンスを感じて雰囲気やオーラになると思う。流行りに左右されずこだわりとお好みが凛としたたたずまいになり年齢関係なくアイテムだけじゃないトータルでカッコイイ&素敵になっていくのがこれからの成熟した大人のファッションやスタイル。日常にオシャレを楽しむリアルマダム達がステキに感じるのはこの凜としたものからブレないこだわりと楽しむ遊びゴコロの余裕とがミックスして着こなしに現れてるからオーラにもなると思ってる。その方本人のこだわり大切にしているものがあってキャラクターが作られていくと思う。   

  • テンポ

    キャリーバッグ持つ若者グループを見かけ昨日卒業式を迎えたのかな?って眺めつつ駅の光景だった。春って以前は動揺する季節の到来だった・・1・2月スルスル滑るようにトキが経ち焦燥感、植物は芽吹き鳥が軽やかに囀り、人達が移動するから変化のない私にガッカリ落ち込んでいた。この春すこし気配が違う。私の素のテンポが保たれている・・おそらく50迎えやっとマイペースでいられるようになったみたいだ笑 若さに執着しないし誰かと比べ競うこともしない人を羨ましくこんな私と卑下することもない。お調子者になることもないし、ムリに何かに合わせる事もしなくなった。体力の減りやネガティブが頭を曇らせるのも一瞬でこれも今だと割り切れてる。自分の頭が以前の私とのギャップを思い出させる・・思考の枠を外すキッカケで今を感じるようにする。シミ付き皮膚から一皮剥けそうだ~笑 シミもシワもできて当然だもの強がりでも諦めでもない。ありのままを黒白でも正解不正解でもなくありのままを~。人間と動物の違いを、人間とAIの違いを人間らしく生きる事を考えたら自分ができる事しかできないと気づく。生活が仕事、スマホ眺めるだけでもなくてやっぱりこれから先も衣食住と思う。住環境保たれ、味わって食し、着る物も着心地や自分の感動を含め清潔感。綺麗、美しい、美味しいは自身が少しづつ経験増して感覚が磨かれていくこと・・さまざまな感覚を生活に活かしてないくだけ。それがAIとは比べられない自分自身の価値なのだと思った。

  • 復活読書。しばらく本を読む気になれなかった・・なぜ読まなくなったか、平置きされ目にする本やハウツウう本のせいもあるけどコピーみたいでふと違和感でしかなったからだった。著者がどういう方なのかわからずペタペタくっつけたシールのように読む恐怖になったから距離を置いた。ここで再燃しているのは古くから読み継がれている哲学者の思考や偉人の作品に触れたくなったからだった。温故知新。有難いのはAIが著者の情報を拾い集めてくれるから参考にできる。結局なんでもどんな人物からが種なのかもしれない。世の中のサービス全般も人に触れてから受け取ることになる。本とカフェスペースのオーナーが選んだ本が面白そうででたっくさん魅力ある本が並んでいた、時間がなくて手当たり次第ピンときたものを購入すればよかったのに、ここで慎重な今の私がどんな人が書いた本って後で調べようにもウル覚えだったから検索しても全く出てこない笑 残念な一期一会だった。興味あれば即決で買っておけばよかったなぁって後悔した。ビビりなのでプライベートとなると石橋を砕いてしまう・・笑。毎日お客様の直観力や決断力に判断力の感性を密かに尊敬している。私にはちょっとないからカッコイイなって思ってる。ワインを少し頂けるようになってワインもホント一期一会。ブドウ品種も熟成も限りなく広がるワインの世界、そんな初心者の私に合う美味しいと再会はほとんどできない。ワイン×その場の雰囲気の総合がより良く余韻になってしまう。本や服は季節が変わり時が経つとまた再会でき何度も楽しめるからそこはいい。何でもどんなことも一つ一つ丁寧に感じていけばちょっとしたことが変化するのがオモシロイ。。面白がる域に全然踏み込めてない最近の本・・笑

  • わたしがお洋服屋さん以外のいろんな活動もオモシロいからしている。未知に触れるとなにか変化起きていてオモシロイ、新しい方と出会いや「へーーーっ」て想像もしない事いっぱい。朱に交われば赤くなるように!解らないから知らないからわかるはずもないから想像すらできない事がいっぱいの社会。私は正直ビビりで慎重な方だし、自信があるかというと無い。最近思ったのは自信の持ち方も色々ある様に思う。私は自信はないけど日頃お客様にアイテム提案ご紹介するときにワクワクドキドキおもしろく楽しくなってもらいたいそれだけ。着る事で生活の糧になればなぁ~と願っている。そんな思いだけは変わらない。自信って変わらない軸みたいな核みたいなもののような気もしてる。核や軸っていうのはやっぱりコツコツ続けたコトがあるから自ら信じることができるようになるんだと思う。空腹を伴わない食事が毒にあるように食事も誰と何を?どう?で満足が違うように同じ食事が全然違う事になる。お洋服も同じことだと思う。AIと共存のこれから衣食住は表だって変化はわかりにくく見えにくいかもしれない。AIのアドバイスで服選び、AIカロリー計算で食事オーダー、より清潔綺麗な掃除の仕方をアドバイスくれるかもしれないけど、結局生活するのは自分。アドバイスをAIに求めるか、生の人に求めるかの違いになると思う。以前は偉人達の生き方に学び、自分の経験の直感で動き、先人のアドバイス を聞いてだった方法や手段や知恵。最近響いた友人の言葉に「直ぐに答えがわかる事がいいことだとは思わない。正解がわかればいいものでもない」いろんな事に言えることじゃないかと思う。解らない途中のあれこれどうなのかな?って想像したり情報を仕入れたり、疑ったりまた調べたり、その遠回りのような時間のかかる事が生きてる証なのかもしれなくて、近道が幸せな事?早く直ぐに手軽にが〇ともBESTとも限らない今になったと思う。色々服を着るから感じ思えるしまた欲しくなるのと似ててそれが生活のスタイルになってその人の形成になっていると思う。

  • ときに自分をバカなんじゃないかと感じることがある笑・賢いと思ってるわけじゃ全くなく笑 電池切れのような回線ショートのような・・カラッポの容器に感じる瞬間。感覚停止・無=ぼんやりしてる。「~あるべき~しなくちゃ」と自分でがんじがらめにしてきた思考をやめると軽くなれる。先日も自分には似合わないからと服選びしてきたと仰った方がいらした、そんなこと思わなくていいと思う。服も人も環境も相性と思う。周りの空気も圧より自分の根っこを大切にしていくとジョジョに生活全般がシンプルになっていった。自分でややこしくこじれてもつれて絡んでいるよりもシンプルで身軽に一歩だせるような生活を送る方がいい。シンプルって奥が深い。シンプルって何もない味気ない訳でもなく、手を省く便利を優先とかタイパコスパとも違うこと。自分でできる事は自分でする、判らない事は専門家に教わり熟知プロや信頼できる人を頼りアドバイス頂く。デジタルとアナログの中間世代はデジタル移行期だから距離感と間合いと信憑性など自分の守る術が重要。守りは最大の武器。自分の思い込みの狭い枠にいるわけにもいかずSNSに翻弄されずAIに質問攻めできる疑問や考察力も必要だ。結局主役は自分。自分を育み続けることでいつも未完成の状況だから学び続けると天才のようなレオナルドダヴィンチは言っている。選ぶことが個人の意志&意識からだとはっきりクッキリして露骨に出るようになる、言動や物質もその表れ。これから意志がなきゃA.I 情報?SNSに浸食されカラッポにさせられていくようになるかもしれない。外にばかり関心や正解のように見える解答にいつの間にか自らが行方不明で透明人間にさせられちゃうかもしれない。ファッションも流行の外を気にするより本人の意志・好みや気分やマインドがいい。成熟した方の着こなしは流行りよりもその方の意志やセンスが表れているからオリジナリティがあってカッコイイ。その人らしさが表れるって最高のオシャレ要素。服にあわせるより服を自分に合わせる主体的な生き方がこれからなんだと思う。情報もAIにも・・。

  • 先日東京でアパレル業と別の活動において「 価値が揺らぎ価値基準が個人レベルになっている今 」という表現された話がとても印象的だった。ずっと価格表示=価値で育ち生活してきた大半の人々が自分自身で価値基準を見直し作りながら生きていく時代になったようだ。これから益々濃厚になっていくという。それはどっちが良い正しいとかではないことでもある。生活全般にその方の思考の一部が行動現実化し物質化したりするのだと思う。例えば、私は本を読むけれどかなり偏ったジャンルでしか読まない。興味ないしただ知らないだけかもしれないがそれでいいと思っている。読書好きと言っても色々で一人の作家さんなのかオールジャンル読むのかでどっちがって比べられない所で線引きする必要もなく流していいと思う。どっちでもいいという事はある意味余白でもあるし何かひっかかって自分がどう思うかってことも大事でもあるみたいだ。物事に批判的や疑問が口に出てしまう私がいるけど自分の節度でもあったりで言い換えれば自尊心にもなるようだ。いびつな自尊心が表れると攻撃的、優越感で自分を守ろうとしたり、過剰な自己防衛、対人における不自然な態度になるようだ。これから個人の自尊心がキーになるように思う。自尊心は自分の価値基準や軸のようなもので自尊心があれば多少のことはうけ流すことができる。自分の価値基準や大事にしているものが揺らがなければ・・台風の強風でも折れない木のように、雲に隠れてもある太陽・月・青空・星空のようにあればいいだけのこと。価値をどう身につけ判断してどんな毎日を過ごすかなのかなって思う。他人の評価や周りではなく個人個人でいい、共感や共有=尊重し合えるかと思う。情報の渦の風に煽られるか?風を利用し高く舞う凧のようにいるか?それも個人なのだと思う。

  • 新しいことを初めてしてみるって自分の特徴を思い出すことがあった。ドキドキ緊張もしていざ手ほどきを受け実際にやってみると・・なかなかのどんくささぶりだった。笑 そうそう!私ってこうだった・・何をするにしてもすんなりと要領よくできるタイプじゃなかったなぁ~っという事を思い出していた。なかなか思うようにいかずでできずだった。接客の仕事もそうだった・・向いてないと言われたこともあったし怪訝にされたときもあった。自分でも向いてないのかもしれないと思うときもあった。ただやりながらうまくいかないまたやってみるの繰り返しのループがずっと続きもがいているときがしばらくあった。私はできないこと、上達が鈍いというか遅いのは長年バスケをしていた時によーーーーーく知っていたから、放棄しないでやり続ける事がへーきだった気がする。コツや自分に身につくまで時間がかかるタイプだからできるまでが遅いのだと・・。コケタリ擦りむいたり恐れながらもコツをつかんだ自転車の乗り方と一緒でいくつになっても自転車は一応乗れることと似てるのかもしれない。スマートにできる、スグ身につけれることやできる事って面白さや楽しさの深さというか味わう加減がちょっと違うのかもしれない。助走がそれなりにあれば遠くに飛べる。助走の走り方も距離も自分の微調節で自分を知る事でもある様な気がする。自分を自分で決めつけてしまうより、自分で自分を実験=実体験してみるとオモシロく自分を受入れられる。先日も電車の時間に間に合うかギリギリだったので少し小走りする200mも息が持たない自分に笑えた。きっとちょっと前なの私なら呆れ落ち込むところだけど今はもうちょっとは走れるような私でいたいなって身近な理想と目標。自分に期待も諦めも混在するから理解者と応援者も自身で加える自分の中に、大人になれたかも笑。

  • はざま

    当たり前のようについおもってしまうことも感じよう観察しようと意識を向けないと気づけないことがいっぱい。例えば同じ景色を眺めても目に入り感じるモノが違い感じ印象も別・・。人と会話で様々な違いを知り深まり広がっていくのだなぁって。大河ドラマ「豊臣兄弟」特番にあったのがいろいろな誤算があって時代が動いたようだ。誤算・・武将の寝返り裏切り生死が統治に大きく関わる時代。武将は何を思い戦をしていたのだろう・・領地を守る?地位を守る?権力を守る?何がしたかったのだろう、400年後の今も人間のすることってほとんど変わっていない。AIを使いこなすほどの脳力あればいいのだろうけど、身に余るほどの道具を使えずじまいになりそうだ。AIに平和な世の中に対しての答えが何なのかわからない。結局、人のすることって自らが感じる状況にいることじゃないだろうか・・。スマホ機能だって沢山のアプリだって活用できないのにAIをどう使っていいのかわからない。乗り物で目にする他人の画面も結局ゲーム漫画インスタ程度で使い方のズレがドンドン狭くなってそうだ。自分自身を知ることここ2.3年こだわってきたけど、自分を管理監視して枠を作り思い込んだりしないようにいたいという事だけが解った。そして、何でも急いだってしょうがないことも分かった。自分の理想になるように微調整しながら行動するしかない。AIの力を借りることも結局憧れや理想や夢がなきゃ意味がないんだと思う。理想や憧れやお手本は遠いところじゃなく身近にある。身近な人物から感じれ自分もできそうと思え影響を受けできるんじゃないかもって勇気や元気をもらう。AIに慰められ相談する人が増えていると聞いた・・寝返り裏切りがないからいいのかな 笑 人間関係も熟成と腐敗の狭間なのかもしれない。。。

  • otukai

    はじめてのお遣い という番組があった・・今もあるのだろうかな。子どもにとっての大冒険を感じる。今朝筋トレ前のブラックコーヒーを買いにいきコンビニのセルフレジにビビッた私。ん?コーヒーどうやって買うんだろう?レジ画面じーっとよぉく見て 店員さんを呼ぶorたばこというところを押すの?迷い店員さんを呼んだ。マシーン前で横でサクサクセルフレジ使いこなす小学女子に関心しつつこれから先の未来を見た。感覚の差、日常体験する時期が違うんだな~と当然のことに気づいた。常識を疑えとはよくいったものだなぁっとも思った。何気なく聞いていたYouTubeに 才能は修正すること。 そっかぁああああ~~~ってすごく嬉しくなった。勇気と元気をもらえる言葉だなぁっ凡人の私にとって。セルフレジ落ち込んでいた訳でもないんだけどちょっと切なくなっていたのかもしれない笑 年とることを間接的に感じていたのかもしれない・・。いつでもどんな時も修正すればいい。 失敗を恐れて何もできなくなるよりも修正すればいい~心がとても軽くなれる。 今オリジナル商品でサンプル作って変更と修正を繰り返していてお洋服ではできても日常の行動にはなかなか落とし込めていない笑 初めから完成と完璧はないのに理解っているようで忘れていて笑ってしまう。 オリジナル作っている途中は色々想像したり調べたりして修正は常なのに、それ以外の行動でイメージできない物事ほどビビり躊躇もしてしまうもので逆にイメージできるものは早い。イメージすることの材料集めやいろんな見聞を取り入れ学んでいくんだと思う。初めてのお遣いのような 初めて&はじめる をやってみよう。

  • NEW YEAR

    ビビりだったりなのですがそんな以前の私とおさらばして・・本年からいろんなことにチャレンジしてみようと思います。チャレンジという表現は積極的イメージや大げさなので私には少し窮屈めなのですが、やってみたいと思うことをやらないでいるより「する」を選ぶことを緩やかに選択を増やしてみようと思います。お店以外の活動を増やしていけたらいいなぁ~躊躇することも迷うことも見極められず戸惑うこともあるだろうけど、臆病で変化恐れてしまう所を、変化しないことが無成長&無進化と・・修繕改良すればいい。活動するから生きているように思うのです。その活動が仕事だけ学びだけじゃなくどんな事もリアルに体験する感じることで意味が見つかることもあると思うのです。素敵な服を眺めてもハッピーかもしれないリアルに服を着てる方がもっともっと高揚してくるもの。着た方が何か変わり少し新しくなっていて何か進化している気がします。気の進まない体験に面白さを発見するのは自分の工夫次第。自分の感性が未熟だと面白さや楽しさは勿論気づくことさえできない鈍い自分にならない為に今年50歳私を私がリセットとリスタート!!!!老いには三つの段階があるそうです。「体」の老い「心」の老い「感性」の老い そのどれもが老いだそうです。この中だと感性と心の老いがツライところです。いつの間にか狭く小さくならない環境と人でありたいです。変化はチャンスと~~笑 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

  • ありがとう

    格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

    皆様には大変お世話になり感謝申し上げます。

    お洋服を選ぶこと着ることで心が充実した健やかな日をともに送れていけたらいいなっと思っております。

    「豊かさ」が物質だけでなく 人間を育んでいく全域・トータルの豊かさに気づいていけたら

    人間関係の豊かさ 情報の豊かさ 認識の豊かさ 知恵の豊かさ 時間の豊かさ

    感性の豊かさ 活動の豊かさ 心の豊かさ

    無理してするものでもなく頑張るものでもなく水が流れているように・・湖面のように・・ありのままに!

    嬉しさ おもしろさ 美しさ 楽しさ 豊かさをリアルに感じていけたら

    2026年もどうぞ宜しくお願い致します。

    grosier フジムラ

  • 富士山

    新幹線でラッキーな事に富士山の見える席に座れクッキリはっきりと見えた。おもしろいもので近づけば近づくほどよく見えるかというとそうでもない。すっぽり山に隠れて全く見えずこれって何でもあてはまるものだなぁ〜、離れれば離れるほど海外で日本を感じるのといっしょ、健康、家族、仕事、環境も遠くになって角度ずらして変えたら見えるのと同じ・・。人に対してもそうじゃないかな?こちらが少し動いたら見えないものが見えるはず。シーンが変わったり時代変わったり環境が変わったりも動いた人にしか感じれないもの。東京への新幹線何十回も使用してるけど車窓の景色を見たり見なかったり、同じことで一回ごとが違うこと。おもしろがれるようにするのも私次第。二度はないと思えばなんでも変わってくる。2025年最終月12月多忙になるからそれも味わい尽くそう!2025年から離れた歳月に今年をどう見るのだろう。

  • 国宝

    百聞は一見にしかず まさにこの言葉だった。いろんな方の感想を聞いていたのでどこか勝手な私なりのストーリーが作られていた笑 そんな事を鑑賞しながら本人の私が驚く、先入観の恐ろしさ。だからここで私が感想を書くのもちょっと気が引ける。主人公の周りに居る居た女性の想い✖️愛好意✖️行為で心境で選んだ道を思った。愛深い女性たちの奥深い愛人情あったから国宝になったのだと・・ 直に陽射し当たれば本人はジリジリ痛いし影も濃くなる。陰のできない陽は存在しない。どっちか片方だけはバランス悪い。陽の当たりたがる人が増加傾向だったけど、私は人の輪郭をつくる方法はそれだけじゃないと思う。薄く細い線が重なり続けるとだんだん濃くなる。人間って暮らしの中の人と関わりで輪郭ができていくこともある。水面のキラキラ輝きを美しいと感じても底までの深さを気にかけない。人も同じだ。深さはお勉強だけじゃない、表は深さと人あってだと思った。

  • チコちゃん

    感受や認識は自分の見方しかできてないことを知る。あらゆる角度や立場から何通りも見えるようになれるかどうかが大人への一歩で器量の大きさになっていくのだろうなってつくづく思った。友人がお世話になっている女性経営者さんの言葉がけや振る舞いの日常エピソードを聞いて、ご本人の感情とは別にどんな言葉が言えるかがその方の知性品性と人柄なのだと気づかされた・・もし私がその方と同じ立場だったらっどんな言葉を発しているのだろうと・・想像しても自分の感情と目線と自己都合でしか発することしかできない点がなんとも小さくと思ってしまった。もし相手を思いやる言葉や振る舞いも自分だけのフィルターのワンパターンしかないのが残念すぎる。感受や認識や器量は培われた知性と繋がっているけど、知性が知性=学歴=頭の良さ=真面目=社会的地位 目安ではないと実感する。今、知性がいつのまにかズレて、ブレてしまっている。例えば、詐欺は呆れるほどズル賢く次から次へとよく悪智恵思いつくなぁーっと、「無知は罪」耳痛い経験をしたことある私は、学業のお勉強では全く身に付けれない事だらけなのが社会だと。守りは最大の武器。守りっていうのは保守的な印象で動かない何もしないってイメージも浮かぶけれど、守るには逃げ方より避ける交わし方やうけ流し方を身につけそれ以上の見識が必須だ。見識ってやっぱり痛みや苦み辛さある実体験からでしか身にならない。偉人や尊敬する方は辛い体験をされているからこその器量を感じる。ビビらず恐れず実体験をしていこうと思うし、目の前に集中して実体験「自分の身体を使った実験」こそが生きてるってことのような気がしてる。ぼーーっとするならぼーーーっとすることを味わおう!!楽しさ嬉しさは人生を充実させるけど成長の栄養にはなりにくいんだなって、もがいたり辛かったり落ち込んだりが成長の種や栄養になるのだとも実感してる。

  • 服選びも様様あるなぁーっと改めて感じているところ、服を選ぶとき十人十色あると判っていたつもりだけどそうじゃないんだなって気づいた。インスタやYouTubeでお薦めだったから買う、着ている人多く見かけるから自分も着るという事もあるようで、自分に似合う似合わないはあまり含まれないようだったのでビックリ。まるで多数決でブナンがいいこともあると知った。そこに喜びはあるのかなぁ?っ・・。多くの商品達見て選ぶバイヤーとしてはほぼインスピレーションのみで選択している、このインスピレーションは私の独特なぶ厚いフィルターを通しているようだ笑。私はどんなタイプのお洋服を見るのが楽しいし面白いからずっとあきないでいれる笑好きなのだ。服への興味や好奇心って感覚はつきない。料理人さんも作るのも食べるのも好きな方が多いようだ。料理人の勘、設計士の閃き、勘や閃きってAIにはできないこともない時がくるのかもしれない。AIと共存する生活で何を大切にするかはその人の中の思いにあるのだろう。出張に行けばAIアナウンスあちこち耳に入り、丁寧な言葉遣いなのに冷たく切なさを感じ、ふと銀河鉄道999(古~~い)アニメの中で機械音声が響くロボットだけの惑星シーンとダブった。情報収集分析はAIの得意で提案もバンバンしてくれる、嬉しい楽しい喜びも面白いも悲しみも辛さも痛みの人の中身にしかないもので見えるか見えないかの間、気づけるか気づけないかの間、その間をAIが分析して入ってくるのだろうか?気づいて気づかないふりのそっとしておく優しさや相手を思っての厳しめの言葉や、本音と建て前の違いややせ我慢そんな情緒を感受する者の通じ合うものがあるように思う。選択のウォーミングアップは感受性なのかもしれない。

  • 試着

    本格的寒波がやってくる予報で最高気温も一ケタと・・。お客様の好み似合うサイズ感や雰囲気が総合ミックスされ予報のような感じの私の接客でもちろんハズレることもある笑。私自身の服選びはハズレるが多く手ごわい笑 占い師が自分を占えないみたいにと言ったらいいかな~何か新しいものが欲しいと思えば試着必須でトータルを客観的に見る。ライトグレーやベージュを好んで着ていた近年で黒着たいなと久しぶりに思う中、試着するもなかなかシックリこずだけど・・お洋服との出会いを待っている。以前は着て似合わないと諦めていたものが似合うようになるのもオモシロイ現象。その時にはピンとこないでと諦めたとしてもトータルでいろいろジョジョに変化が重なりピタッと合うこともあるのも、変化を感じさせないぐらいゆっくり最中の今。思い込みや以前の経験からの延長上にいるとリセットは難しいかもしれない。もしかしたら今は違うかもって感覚が持てるかどうか、もっとソフトにライトにいるほうがいい気がする。たった一回の経験や一方の情報で可能性を遮断するのは勿体ない、着たいは着てみよう!のノリが楽しむコツでおもしろさの一歩と思う。チャレンジや冒険はハードル高めになっちゃうけど、とりあえず着てみるで明るく開けてくるものがあるんじゃないかと思う。試着ってガッカリとショックもあるけど、似合ってないねって笑いとばしちゃうぐらいがいい~、一目惚れした人物が想像と違って大ショックと同じリアクションはいらないんじゃないかな。。。 笑い飛ばせるって懐の大きな人だ。似合ってる!すき!イイ感じ!笑顔になれる出会いは必ずある・・ 「笑」が「笑」をよぶのかも「楽」も「楽」を近づいてくるのかも「嬉」が「嬉」を誘ってくるのかもしれない。

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