名刺・・
勘違いしてほしくないのは、オシャレとか高価とか流行とかそういう単なるお洋服やカバンや靴の物質だけが身につける本人より前にでてる広告のような時代じゃなくなっているなぁってこと・・。その方のほんの一部、スタイル、人物像にお洋服がマッチしてその見えない全部含まれてること。吟味して選ぶとか、大切にする思いとか、流行に流されず好きや、その人の気配がでることが服を着ることだと思う。服に自分を合わせるのではなく、主役は自分で服を選んでいるかが重要「っぽい」「しっくりする」っていうのがとても大事。ファストファッションもその人っぽさ、~らしさに加わるならそれもいいと思う。私みたいに規格サイズ大幅にはみ出しているタイプはちんちくりんで着られない、サイズあったとしても着心地しっくりしない違和感あるならやめておく。ムリに服に合わせて妥協してもすぐに愛着なくなるというか最初から愛着がない・・・。結局、中途半端は中途半端のまま。。違和感も2タイプあって新しくての違和感と何かシックリこないの違和感。新しすぎての違和感を取り入れるのも本人次第でいい、気分や気になるや着てみたいの感覚を大事にしてほしいし、買っても着ないなら買うタイミングでも挑戦のタイミングでもない。お洋服は難しいものでも無理するものでもなく自分自身を楽しむ行為の一つ。服を着るって人間っぽい行為でオシャレするって自己満足の自己の癒し方だと思ってる。A.I.と共存の今、情報量A.I.には敵わないけど、服を着る楽しさやトキメキや面白さやキラキラする感覚はA.I.には理解できないし共有はできないと思う。その楽しさを知ってる人と人の間の共感と思う。これからは一方的じゃなく相思に共感するときなのかも・・。。