情報
情報化社会 そんな言葉がありました・・今はどうなのだろう?知識あっても生活に活かすことできなければ、そんなに知識も情報も大量にいらないように思ってしまう私の生活。先日Googlemapで土地勘のない場所をドライブするとビックリするような山道を通されてめっちゃ焦った。車の痕跡も轍もなく、枯れ葉も積り苔の生えた道この道が合ってるのかどうかさえドキドキ不安で途中引き返したくても前に進むしかできない細い道。 ハラハラでこういうスリリングはメンタルにくる。対向車がこないことを願いながら目的地付近にどうにか着いた。行ってみたい&どんなところって好奇心でドライブするとこんなことになる。スマホですぐ検索できて情報得ることはカンタン。そこまでの道のりがどんなものかは無い。何もかも便利になっていて直ぐ直ぐ結果や目的や結論入手できるけど、やってみる実験をしないと形のないものを習得はできない気がした。私はたま~に山に登る。独りで登る勇気もないし、登り始めたらワクワクの楽しみから一瞬やるんじゃなかったと戻りたくなる心境になって、頂上までたどりつくのかの不信感と不安の怖さになり、それからっもう!進もう!って気になり、無言で一歩一歩ひたすら登りつづける無我で・感情・だから過酷な山登りが修業だったのだろうなって感じる。私自身のメンタル試され弱さを知る。スマホから得たもので知っているような勘違いより、実体験の実験から自分の内面を知ることできて、自分をカン違いしなくてすむように思う、ピントのずれた大人でいたくないなぁって思う。