minaosu・・
本を読んだことが身になっていればもう少し何かが変わっていたんじゃないかな??って。人間コミュニケーションは言葉=話す力=表現力=伝える力=聞く力しかできない。ほんとに50年近く経っても流暢に日本語を遣えない。遣えない(=気、心を、工夫してつかう事)らしい。(工夫=あれこれ考え、良い方法を得ようとすること、また、その考えついたうまい方法)らしい。一度読んでスンナリ頭にインプットできたらもっと世界は違って見えたはずだろうし、アウトプットできてバージョンアップも掛け算でできたに違いないだろうと想像する。だけど、頭じゃ理解っていたとしても×心×身体が必要。何度も何度も刷り込んでやっと身につくこともあるだろう。というよりも何度何度もするから身につくはず。天才という人たちは、何よりもどんなことよりもそのことに考え続け、時間をかけてきた人。昨夜TVで新体操の内村航平さんが出演で何も考えなくてもできるぐらい体が覚えるまですると、食事するときに箸の使い方を考える人はいないと思うそのぐらいになるまで・・だそうだ!そして、三度失敗してできないことはすぐに諦めると言われ潔いぐらいアッサリの判断する。凡人の私を自分がよく知ってるから何度でも繰り返し読むことがあってもしょうがない。一度読んだ本もまた読んでなにか感じてまた忘れてまた読んで・・笑 服だってそうだなぜか惹かれるものトキメクものはそう大して変わらないけどやっぱり好きなものはすきでトキメク。服が好きなんだものってことでここは諦めるしかない。。笑