続kyo-sei
『ふつう』の呪縛 から解放される頃なのかもしれない。コロナ静止から社会が動き始めていろんなところで価値観の違いを目の当たりしている話をよく耳にする。職場、友達同士、知人程度にも。『違い』をどうしてだろう?なぜだろう?って考えたところで答えは出ないはず。思ってもみないこと、考えにもうかばない事をすることが身の回り多いから、違うことを受け止めて生活するしかない!私はその点 結婚もしてない、出産もしてない、家族や会社に所属してないから、ないないないだらけだから気楽で関わらずいられるのかもしれない。しないを自分の意志で選択してるから周りから言われる筋はないと思ってる。ドリームキラーならぬ根拠のない『ふつう』を振りかざしてくる普通亡霊。普通亡霊の最も怖いところは悪意なく善ぶって振舞う言動。人は毎日6万5千回選択しているそうだ。戦国時代みたいに命とりになるような言葉遣いも選択もない身分もない世の中。6万5千回の選択には何を言うかどういうかという事も含まれているはず。本音と建前、裏表、二枚舌などの人がいてできるなら遠ざけていたい。見極める観察力、騙されない能力を身につけたい、机上のお勉強だけの知性ではこの社会はとても生きにくい気がしている。知性と知恵が何なのかを改めて考える時期になってきている気がしている。外見よりなりたい自分の内面人物像を描くことと、なりたくない反面教師と逆の行動をとる まずはそこからかな・・・できることって。